2023年11月27日月曜日

音楽のある風景シリーズ より 青春の歌風景とMy Memories  で 思うこと

 この2つの 全集は 当時の原曲を忠実に再現してくれている。itunesなどでスマホクラウドにためていると 良い音で聞ける。

2つの全集に収められた曲の発売当時の日本の世相が敏感に反応していることがよくわかる。2023年70歳の私だから より わかるような気がする。

歌は世につれ世は歌につれという言葉がかなり真実に近いような 気がしてくる。 結構 はっきりわかることだが1970年昭和45年あの万博の年が大きな境目 歌の世界も日本も大きな境目だったんだということだ。 私が京都に来て大学に通い始めたのが1971年4月昭和46年4月だ。学園紛争が一息ついて大学の小さなキャンパスは無気力感であふれていた。 何かをすべきだが あの ただ暴力で暴れまっくた学園紛争のようには なりたくないという思いが沸いていた。 1970年までに歌っていた歌は陳腐なものになっていた。1971年に何を歌ったらよいのかどうしたらよいのかとても迷っていた。18歳という 年齢は迷って当たり前なのだが 日本も 作詞家も迷っていたと 思う。この年になるとそれが わかる。  1971年は狂乱物価 物の価値が変わっていく年だった。1972年昭和47年にはあさま山荘事件が起きている。

年順に 歌を並べてみたいと思う。ほかで乗っている曲も並べてみた。

1967年 帰って来たヨッパライ ザフォーククルセダーズ

1967年 この広い野原いっぱい 森山良子

1967年 血まみれの鳩 五つの赤い風船

1968年 亜麻色の髪の乙女 ヴィレッジシンガーズ

1968年 小さな日記 フォーセインツ

1968年 遠い世界に 五つの赤い風船

1969年 恋は風に乗って 高田渡・五つの赤い風船

1969年 白い色は恋人の色 べッツィ&クリス

1969年 希望 フォーセインツ

1969年 イムジン河 ミューテーションファクトリー

1969年 風 はしだのりひことシューベルツ

1969年 夜が明けたら 浅川マキ

1969年 ひとり寝の子守歌 加藤登紀子

1969年 或る日突然 トワエモア

1969年 時には母のない子のように カルメンマキ

1969年 白いブランコ ビリーバンバン

1970年 秋でもないのに 本田路津子

1970年 希望 芹洋子

1970年 今日でお別れ 菅原洋一

1970年 圭子の夢は夜ひらく

1970年 手紙 由紀さおり

1971年 しおさいの詩 小椋佳

1971年 花嫁 はしだのりひことクライマックス

1971年 あの素晴らしい愛をもう一度 加藤和彦&北山修

1971年 戦争を知らない子供たち ジローズ

1971年 琵琶周航の歌 加藤登紀子

1971年 竹田の子守歌 赤い鳥

1971年 翼をください 赤い鳥

1971年 カレーライス 遠藤賢司

1971年 さらば青春 小椋佳

1971年 自転車にのって 高田渡

1971年 よこはまたそがれ 五木ひろし

1971年 また逢う日まで 尾崎紀世彦

1972年 プカプカ 西岡恭蔵

1972年 結婚しようよ よしだたくろう

1972年 少女 五輪真弓

1972年 学生街の喫茶店 ガロ

1972年 春夏秋冬 泉谷しげる

1972年 ケンとメリー~愛と風のように BUZZ

1972年 ぼくの好きな先生 RCサクセション

1972年 傘がない 井上陽水

1972年 夏休み よしだたくろう

1972年 赤色エレジー あがた森魚

1972年 だれかが風の中で 上条恒彦

1972年 瀬戸の花嫁 小柳ルミ子

1973年 神田川 かぐや姫

1973年 てんとう虫のサンバ チェリッシュ

1973年 夢の中へ 井上陽水

1973年 あなた 小坂明子

1973年 心もよう 井上陽水

1973年 母に捧げるバラード 海援隊

1973年 僕の贈り物 オフコース

1973年 家をつくるなら 加藤和彦

1973年 ひこうき雲 荒井由美

1973年 心の旅 チューリップ


1974年 以降は いい曲が ヒットしていた。 


1974年 白い一日 小椋佳

1975年 めまい 小椋佳

1977年 冬の稲妻 アリス

1975年 卒業写真 ハイファイセット

1976年 どうぞこのまま 丸山圭子

1977年 雨やどり さだまさし

1977年 渚のシンドバッド ピンクレディー

1978年 君のひとみは百万ボルト 堀内孝雄

1978年 時間よ止まれ 矢沢永吉

1979年 関白宣言 さだまさし

1979年 魅せられて ジュディオング

1980年 異邦人 久保田早紀

1980年 青い珊瑚礁 松田聖子

1980年 SACHIKO ばんばひろふみ

2023年11月25日土曜日

救急車とご近所

 田舎の医療が提供不足となっていると救急車が都市医療機関に搬送することがより重要となってきている。救急車が来ないと救えるものも救えないのだ。

さて 25年くらい前までは 救急車がサイレンを鳴らしてくると ご近所からたくさんの人が見に来たものだ。 いまはそんな光景は見られない。 こんな田舎町でも見られない。

なにが 変わってきたのだろう。

1.サイレンが鳴り響いても まわりに 聞く人がいない。高齢者は動けないし、聞こえない、住んでいる若者は遠くに働きに行っている。ご近所は寝るだけ。 あるいは人が住んでいないかもしれない。

2.サイレンを鳴らさないできてほしいと救急隊に要請する。

3.近所に救急患者が発生しても自分には関わりのないことと思っている。ご近所とは無関係の生活ができている。 ご近所が入院しようが死んでいようが どうでも良いと普段から思っている。ご近所の家が空き家になっていて時間が経っても知らないで生活できる。

いろいろだ。  昔が良いという訳では無いが 実質の医療がなくなってきている現在、救急搬送はますます重要になってきているのだ。


2023年11月15日水曜日

病院の医師が週一回病院を抜け出して 他のところに行って何をしているか。いろいろ。

 今と昔とでは随分違うと思うが私の経験から考えられること。大学の医局や教授の力があった頃とそれがなくなってしまったところでは随分違うとはおもう。

1,教授のちからが強かったときは 関連病院から医師を呼び戻して大学の研究室で 1日実験や研究をさせていました。ときには学会発表の準備や論文を書かせていました。

2,別の病院に行っていただき そこの医師に技術を教えたり、そこで 外科手術を行ったり、症例を集めて研究発表に用いていました。 

3,別の病院や大学で勉強したり最新治療を習得するためにでかけていきました。

4,新たな医療地を開拓する、広めるための下地づくりに行っていました。

5,別の病院で外来と当直を請け負ってバイト料を頂いていました。


などなど病院から医師が週一回抜け出して何をしていたのか 紹介させていただきました。

これは 都会の病院も田舎の病院も医療の質の向上や医師の医療技術の向上には 大変役に立っていたのは事実です。 もちろん田舎の病院への医師の派遣にも貢献しておりました。  

2023年11月14日火曜日

いわゆる災害弱者を守るという発想から の 災害時要援護者名簿の作成

  • 災害時要援護者の発見とネットワークづくりのため、自ら希望して登録する方式で名簿を作成し、事前に地域の関係者に提供し、地域で見守る体制づくりに取り組んでいる。
  • 要援護者情報の収集・共有に関しては、風水害の際に被害が頻発する地域を中心に福祉関係部局が、所要の手続きを経た上で、「要援護者名簿」を事前に作成し、防災担当部局に提供できる体制を整えている。

内閣府から 各自治体に要援護者名簿の作成の要請が来ている。 地域の実情をよく知る民生委員の方が その作成に協力するのは 合理的ではある。 一方その名簿の内容とその使われ方は 地方自治体が責任を負うものである。要援護者の命を守る、あるいは災害の種類によってはいち早く避難所に運ぶ というのが その目的である。 
 リストに基づいて個々の方をどうやったら命を守ることができるかの 検討がなさねばならぬ。 また どうやったら 内容を防災担当部局にタイムリーに報告共有できるか が 検討されなければならる。
 単なる 要援護者名簿を作るだけ、体裁を整えるだけでは意味がない。  助かるものも助からない。

2023年11月13日月曜日

病院の閉鎖が相次いでいるが。その理由は色々ある。さてあなたの町の病院はどうする


https://hospital.co.jp/news/%E7%97%85%E9%99%A2%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%96%89%E9%8E%96%E7%8A%B6%E6%B3%81%E3%80%802023%E5%B9%B4%E7%89%88/

新型コロナウイルス感染症に対して日本政府がとった政策により 補助金が得られたとか 予防接種事業を行うことによって収入を得ることができた など に より 悪化していた病院経営に対し 少し改善傾向が見られたのは事実である。 しかし 経営状態が悪いのは 継続しているのも 事実である。

なぜそうなっているのか 私の経験から考えてみたい。なかなか医者ではないとわかりづらいところがある。私の家内すら簡単には分からなかった。家内は娘を医者にしようと思っていた。私は反対した。かつて 職域仲間も患者も女医差別が当たり前だった。 また日本政府の政策は医者を追い詰めているのがよく分かっていた。医者は将来すたれていく職業であることも分かっていた。

なぜわかるかと言うこと 医者がすたれていくということ 病院医院の経営はわるくなっていくこと 色々説明していきたい。

私が医学部を卒業したのは昭和53年、 インターン制度は廃止されていたが 今のような研修医制度は確立されていなかった。今は研修指定病院で研修すれば保険医になることができる制度だ。 昭和53年頃 インターンを経ていない 医師免許を取得したばかりの医者の月給は多くて30万円ぐらいだった。 数年経つと大銀行のエリートは医者の月給をすぐに超えると 言われていた。


私が開業したのは昭和63年。その頃医者の多くは所得税申告に 白色申告を行っていた。経費率が70%?認めるというものだった。1000万円の収入があるとすると700万円は経費となり 所得は300万円 その分の所得税税金を払えば良いです。というものだった。例えば実際の経費が100万円ですんだとすると 1000万円の収入があると実際は900万円の所得があるのに 経費率70%で 白色申告すると300万円ぶんの所得税しか払う必要が無いということだった。 それで 開業医は実際の経費を下げようと努力をした。使い捨ての注射器や注射針は使わず自分のところで消毒した。薬の問屋からの買取価格を超安値にした。従業員の給料も安く抑えた。 ゴルフも自腹を切ることはなかったかもしれない などなど である。ところが昭和63年?からは白色申告の経費率は最大50%までしか認めませんということになった。 つまり1000万円の収入があるのに500万円の経費をかけると 500万円の所得となり トントン。  私は経費がいくらになるか見当がつかなかったので 昭和63年から青色申告にすることにした。白色申告は採用しなかった。

そのうち白色申告で認められる経費率もどんどん下がっていった。 いまは経費がどんどん高騰し1000万の収入を得るのに950万かかっているかもしれない。多分ほとんどの医療機関は青色申告をして、しっかり経費を申告していると思う。

つぎに社会保険制度からみていく。 国民皆保険によってすべての日本国民が保険料をしはらい、全国どこでも同等高度の医療を保険証一枚見せれば受けることができる仕組みだ。

少子高齢化、国民の医療を受けたい要求の増加、 保険料と国家の社会保障費の投入では 国民の医療要求には応えられなくなってきた。 社会保険による医療の破綻が目の前に迫ってきたのだ。   存続するためにあの手この手が 考えられてきた。 医療を充実すると国民の人気が高まるが医療を減らすと国民の不満が高まる。 国民にわからないように医療をへらすことが 政策として考え出された。 病院医療から在宅医療へ。医療から介護へ。介護も施設サービスから在宅サービスへ。   また医療費そのものをへらすため薬価をさげたり、薬による収入が 医療費の支出になるので、調剤薬局に分散させたり、ジェネリック医薬品の推奨を行ってきたりした。 そのことは 直接医者の収入減となっている。 などなど なりふり構わない厚労省の医療保険制度維持の施策には 医者うんざり。また 質の悪いジェネリック医薬品のために 死亡者が出る事件にまでなった。 もうこの施策は 限界に達している。 しかし、それに変わることが あるかといえば無いというのが現状だ。  保険料だけをとって保険医療をうけるな というのは あってはならない。 質の高い医療を保険証1枚で全国どこでも受けられるというのが 日本人の誇りではある。

2023年11月10日金曜日

言語に代表される一般化やアナログ的なものの省略

 Facebookのいいねボタンが使われはじめた時の戸惑いを 覚えているだろうか。 その書き込みや画像が いいね だけでは 伝わらない いろんな思いがあったのにと 思われた方は多いはずだ。 今は いいねボタンの種類が増えている.人によって いいねボタンの役割をきめているかもいます。見ましたよ とか 感動した とか どうでもいいねとか よくないのに見てしまったご苦労様 とか 色々です。 アンケート調査でも良くあります。対象者とか方法とか いい加減なアンケートに多いですが。 この製品は良いですか 悪いですかの2値しかないも。 yesもnoもいろんなyes noがありますね。 結構そんなものにならされていると思いませんか。 音の場合は アナログデジタル変換技術が進んで 簡単には 聞き分けられ無くなっています。  ことばは何かの現象を代表しているものですが だいたい言葉が代表している現象が共通であるという認識で普段は生活しています。 言葉の持つ意味が人によって違うと思い始めると 生活できなくなります。適当なところで妥協しているのです。 

 私たちは一般化したがる存在ではありますが 一般化をやり過ぎると 見えるものも見えなくなってしまいます。気をつけましょう。

2023年11月8日水曜日

秋の叙勲

 長年 民生委員をやってきた人には 天皇陛下から 勲章が贈られる。町の職員が長年勤めても 勲章はもらえない。 町の職員にこきつかれようが

民生委員は国が認める厚労大臣が辞令を出す人びとなのです。お忘れなく。

2023年11月7日火曜日

信濃町の将来像として観光と農業の振興をうたっているがそれで良いか。

 観光については インバウンド、流行、感染症など 不確定要素が多い。またかつては スキーブームなどで 信濃町は潤ったらしいが 今はすたれている。

農業についてはどうか。柏原周辺の耕作地を見ると大変なことが見えてくる。農作業に出ているのは 高齢者と農機具屋さんの職員だ。機械と農薬を使って かろうじて 維持しているのが見える。小川には魚はおらず 子供達はフナをとったこともなくどじょうすら見られない。 果たしてこれが 10年後にはどうなっているのだろう。

また 大きな企業が農業法人として進出してくるかと言うこともあるが その様子は見えない。信濃町に移住したり、リタイアして農業を営んでいる人が それで生活できるかと言えばごく一部かもしれない。稼げる人は少ない。 隣の飯綱町と比べても 収穫できる作物が少なく量も少ない。コストもかかる。

歴史的に見ても 柏原村または町は 江戸時代には年貢が安かった。農作物が取れないのだ。江戸末期には 人の移動が盛んになり旅籠などで潤うようになった。また農機具などの鍛冶屋集団も存在した。文化人としての小林一茶も自分の力で食料を得ていたと考えられる。農業ではないのだ。

近年はブルーベリーやとうもろこしなどの農作物が作られるようになったがそれでたくさんの人を養っていくのは無理があるように見られる。

結局 信濃町や柏原は農業を基幹産業として農業を 振興していくには難しいのではないか。と言うのが私の結論だ。

2023年11月4日土曜日

本 英訳一茶100句集 ほおずき書籍

 



雪とけて 

村いっぱいの

子どもかな

は有名な句です。 

この英訳は素晴らしい  this is good time too for adults ,who are happy to see the children play


2023年10月29日日曜日

個人情報保護法ができから無責任時代の到来したようにも思う。

個人情報保護法は 平成15年(2003年)5月に制定され、平成17年(2005年)4月に全面施行されました。

私は都会の超高齢社会の中で仕事をしていました。高齢者人口の 割合は 増加していますが、    高齢者 人口そのものが 減少しているところでした。そして 外国人観光客がどんどん増え始め昼間人口はめちゃくちゃ多いのですが夜間人口は繁華街を除いて極端に少ないところでした。

法律が施行されるまでは 様々な変化に対応しようとネットワークシステムづくりが 盛んでした。ところが 法律が施行されと ほとんどのネットワークシステムの構想は消失しました。そして 今まで 個人情報を取り扱ったことのない 多くの人々は身を引きました。 罰せられるのが怖いのです。 数年経って 役所中心でしたが あるプロジェクトを 立ち上げることになりました。 高学歴の人やで専門職の多い地区でしたので、会議には意見をしっかり述べることが多かったです。私はその会議のとき プロジェクトを作り上げて、誰がスイッチを押すのか、意思決定をだれがするのかということを 質問しました。 ある中高年の方が 私がしますと はっきり述べられました。 とても 驚きましたが 逆にホッとしました。 その後そのプロジェクトは 動き出していることを確信しています。

 そこのとを 思い出したのには 理由があります。  こちらに 引っ越してから 個人情報保護を盾に何もしなくなったり、逃げている人が たくさんいると 思うようになりました。 責任も取らないかわりに 何もしないで逃げる。そんな人が多いのです。 親がそうであるなら 子供は去っていきます。そのようにも思うのです。 なにかに気づいて何かをするには人を傷つけることもあります、責任を取らなくては行けない場面もあります。 しかしそこから逃げていては 何もできません。 と 私は思っています。 責任ある立場は立候補するのでは無く くじ引きや一定の順番で決めてしまおうという考え方も 同様です。  さて これからどうしたものか。 

2023年10月24日火曜日

本 一茶さんの子守歌

 先日 一茶記念館講座で紹介された本だ。文・堀井正子+柳沢京子・きりえ ほおずき書籍 と書いてある。このご両名の対話形式の 講座だった。

 2万句ある一茶の俳句の中から2人が選んだ80句ほどが絵付き文付きで紹介されている。 いろんなことや色んな人いろんなもの色んな景色を 一茶が遠眼鏡でゆっくり眺めているという感じでえらばれている句集です。 改めて 作曲したいという気持ちになってきます。今年の3月のスライド組曲小林一茶 以来です。

2023年10月19日木曜日

二つの減価償却

私がわかる範囲です。ある自治体で減価償却という考えで会計が進められていましたが、青色申告しか知らない個人事業主であった私にとって 異質な減価償却でした。

1.青色申告をしている診療所が2000年に500万円の内視鏡を購入します。500万円は ある一定額を超えていますので2000年に全額500万円を費用に計上することはできません。原則 償却期間として定められた複数年にわたって費用計上していくことになります。例えば2000年に300万円 2001年に150万円 2002年に50万円 という具合です。
この場合減価償却の目的が 得られた収益に対応した支出のみ費用として計上できるという会計上の考えに基づいています。 ですから 2000年に収入が2000万円があったとしたら費用が300万円かかったので 所得は1700万円です。1700万円に所得税が課税されることになります。 500万円の費用を2000年に計上し1500万円の所得であると申告することはできません。
 青色申告をしている診療所の減価償却の考え方は以上です。
2.つぎにある地方自治体立の診療所が2000年に500万円の内視鏡を購入したとしましょう。
従来であれば地方自治体の会計は単年度で計算します。よって2000年に500万円を支払ったので 支出として500万円が決算書に書かれるわけです。
しかし 最近の地方自治体では減価償却の考え方を取り入れているといいます。2000年に500万円を支払ったとしても300万円の支出しかしなかったということになるのです。2001年に150万円 2002年に50万円 に支出をしたということにするのです。 よって 単年度の支出のあがり下がりが滑らかになるという、見かけ上のトリックなのです。地方自治体は所得税を払う必要がありません。 さらに 支出は住民のためといえば 簡単に議会は承認するのです。支出額が滑らかであればなおさら議会は納得するのです。 収益や所得のことは どうでもよいのです。

以上 二つの減価償却があることを 述べました。

2023年10月3日火曜日

本 完本 中国再考領域民族文化 葛兆光著

 辻康吾監訳 永田小絵訳 岩波現代文庫

ロシアの あなたのものも私のもの

中国の あなたのものも私のもの

似た者同士ですが 違う国です。中国は遥かに古い国です。 中国がどんな国なのか 書いてある 本です。

中華人民共和国の周辺地域は軍事衝突が起きる可能性のあるところばかりです。 そんな政府を 認めている中国国民の 真意は何なのでしょうね。

2023年10月2日月曜日

病院の経営 単純に考える

 例えばA病院で 職員の給料、機械のリース代、などで 年間10億円かかったする。

一方この10億円を払うために外来だけでどれだけの患者を診る必要があるかを計算してみる。

1人の患者が一回に1万円の収入をもたらしてくれる人が年間100日 来られる人をBさんとしよう。Bさんが10億円をもたらすためには10億円割る100万円 =1000

つまりBさんが1000人病院に来てくれれば 10億円を まかなうことができます。

 おわかりでしょうか。1万円をはらう人で100日病院に来る人が1000人いるでしょうか。答えは NO です。  病院の経営はそんなもんなのです。

2023年9月21日木曜日

本 日本古典と感染症 ロバートキャンベル編著 角川ソフィア文庫

 この本はロバートキャンベル氏が 日本文学作品に残る災害や疫病の痕跡を 見つけ出し 専門の著者に 明確に 記録させ それを 編集した本である。

この本の中で 感染症で繋げる日本文学の歴史 と いう ロバートキャンベル氏が まえがきとして 書いた 箇所がある。 その部分のなかに 災害と疫病について その特徴が 明確に書かれている。防災を考えるうえで大変参考になる。

災害                    疫病

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地震、火災、水害            |  新型コロナウイルス感染症、コレラ

瞬時に発生               |  ゆっくり拡がる

風景を変える              |  風景を変えない

特定の地域に集中            |  広がりが不明瞭

復旧が必要               |  全体としての復旧は不必要?

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以上のような特徴があるとP10-P11 に 書いてある。


防災を考える上で 参考にしたい。 新型コロナウイルス感染症が 早期に忘れされていく中でしっかり 反省し 次の 感染症の広がり備えたいものである。


2023年9月19日火曜日

本 ベンヤミンアンソロジー

 ヴァルター・ベンヤミン著 山口裕之訳 河出文庫

p295 技術的複製可能性の時代の芸術作品 【第三稿】


ポール・ヴァレリー芸術論集からの引用の部分

一見難しい内容に見えるがよく理解できた。そのことが嬉しい。一方中身について 芸術家として オリジナルを作るものとしては 悩むところではある。一方作品を鑑賞するものとしては 複製であっても気づかないことが多いかもしれない。 さらに芸術家であっても 表現技術を習ったり研究したり訓練したりするので 複製という部分が作品の中に入っていても不思議ではない。

2023年9月10日日曜日

本 多様性の科学 マシュー・サイド著

 再びです。読んでて面白くない。この方の独自の考え方ではなく 自分に都合のよい方の意見を集めて 組み立てている本のように思える。専門家では無い。コピペ。

2023年8月29日火曜日

本 多様性の科学 マシューサイド著 

 翻訳なのでなんとも言えないが

p98 ホパーの名言は常に私のお気に入りだ。


この本に書かれていることとは 考え方が 違う。 先入観だらけ、多様性なしの 箇所だ。

これは マシューさん自身が 多様性の考え方でない ことを 示しているのかもしれない。

 よく目で見れば 自分自身への戒めのために この本を書いているのではないか と おもった。

2023年8月18日金曜日

来週は電子カルテを使った先生の診察です。

 もうすっかり大病院では定着している電子カルテです。医者になった頃にはすでに電子カルテがあった30代の先生はどう思っているのだろう。10数年前まで多くは紙カルテだった。電子カルテ以前は紙カルテ レセプトの電子請求 と 言う時代が長く続いた。 当初は紙カルテの左側部分を電子カルテに変えついでにレセプト入力も 医師に任せて はぶける というものだったとおもう。入力は医療秘書に任せるということも言われたが医療秘書を雇える余裕のある病院はない。患者を病院に紹介すると患者は不満だらけだった。顔も見ないでキーボードばかり打っている。聴診器一つもあててくれない。などなど。

あれから 15年ほど経っている。今は電子カルテは当たり前。 診察は機械的。データの表現は共通、病名や所見の表現も共通。クラウド上のサーバーに診療データは蓄えられている。クエリーや検索も 容易。 一方ランサムウエア、マイカードなどの失敗による本人確認の不安定さに さらされている。患者と医師のコミュニケーション不足による 不満は増加している。もう諦めていると言ってもいいかもしれない。

電子カルテの改善が もっともっとなされてほしい。 生成AIを使うことによって言語、医療用語はもっとつかいやすくなる。インターネット回線、ローカルネット、専用線の改善により 通信の失敗の不安がなくなる。VRなどを使った説明と同意も容易になる。 診断補助、治療法選択の補助は今以上となる。それらによって 医師自身が電子カルテに縛られることなく、より患者のことを聞き考える時間が増えていくということも考えられる。



2023年8月17日木曜日

本 グーグルで必要なことはみんなソニーが教えてくれた 辻野晃一郎著 新潮社

 2010年 発行の本。ここに書いてあるようなことを 信じ 起業してみようと 思う人がいたなあと 思う。

このプロローグ

2割8割の法則 日本人の性格、発展パターンを 展開している。そして 今が大きなチャンスがあるといっている。


その考えは2023年の今となってみれば古臭いものに感じる。 グーグルやアップルの発展は 科学技術の追求そのもののように私には見える。アメリカ合衆国連邦憲法に法り 自分をどうやって大きくしていくか、 たゆまぬ 努力をしてきた 結果だと私はおもう。

2023年8月3日木曜日

本 絶滅寸前季語辞典 夏井いつき 著

 俳句は短い。季語があることで 読者をある風景に一気に引き込んでしまう。 hypertextはそれをクリックすれば 別の世界に連れて行ってくれる。 短く文章を書く道具という点で季語とhypertext はにている。 季語は それを知っていると ある時期の何処という 風景の中に読者を連れて行ってくれる。 

この本は季語辞典ではあるが 絶滅寸前の季語の時点なのだ。 殆ど使われていない季語の辞典なのだ。 ここに書かれた季語が突然俳句の中に出てきても なんの 情景も浮かばない 季語なのだ。  その点ではhypertext と違うかもしれない。クリックして飛んだところは 確実に そこに到達するし 写真や文章は完全に決められたものだ。 想像するような楽しみはない。機械的だ。

2023年8月2日水曜日

厚労省報道発表資料より 介護給付費等実態統計月報 

 令和4年6月より 介護保険サービスの受給者の 施設からの介護報酬請求に基づく審査分について 総数、請求額が 月ごとに発表されている。介護報酬請求は電子請求であるのですぐに数字がまとまるのである。

グラフになっていない、1か月ごとなので、 経過が 意外とわかりにくい。 報道発表資料を 一か月ごと令和4年6月分から令和5年4月分 までの10か月 の経過をたどることができた。

介護保険法の取り扱いの変更によって 介護予防サービス や 地域密着型サービスが 追加されている。 はたして 厚労省の思惑通りになっているかどうか。

つまり 介護予防サービスを設けることによって介護サービス受給者が減少すること。 地域密着型サービス、介護予防サービスを設けることによって 施設サービスが減少すること。

以上の2点である。 まだ その効果をはっきり見ることはできない。はてさてこれから どうなっていくことやら。

厚労省も何とか介護保険にかかわる 費用を へらそうと必死である。

ある種の違和感 「美しい日本」後遺症 

 安倍元首相が 美しい日本と言い出した時には 日本人の半分くらいは 変 何を言い出すのか、と 思っていた。神道大乗仏教国体護持、国民総動員、何も考えないで 賛美する など と えらいことになったと思っていた。 この流れは戦後のアメリカ民主主義の導入一辺倒、一億総白雉化からの反動 で 安保反対 学生運動 あさま山荘事件による終結 そこからの 違う反動 そのながれにそったものが 美しい日本 だった。 今現在その流れは まだ続いている。大乗仏教的。ふるさと。自然。移住。愛。慈悲。絆。おじいちゃん、おばあちゃん、同世代、同調意識、日本的、鉄道ブーム などなど。 言葉の響きだけは良い。 元から考えないで 良いに決まっている、善悪は決まっている そういう状態が 好まれるのだ。

わたしは その流れは いやでいやで仕方ない。 一つ一つの出来事は自分の発想に 立ち止まって考えていた。ずいぶんしちめんどくさい やつ だと 思われるかもしれないが そんなものだと 思っている。 考えたり、議論したりした後で 同調するのは よい。考えたり、議論しないで 良いとか悪いとかを きまっていたかのように 同調するのが とてもいやなのだ。   

 田舎カフェで 手作りの小間物に これいいねと 猫なで声でしゃべっているのが 嫌いだ。

 病気のおばあちゃんの介護をしていたので 介護の大切さをしり 介護の仕事を選びましたと いうやつの 嘘っぽさに 腹が立つのだ。

 美しい日本 後遺症 は いつまで 続くのやら。


2023年8月1日火曜日

本 書く力 鷲巣 力 著 集英社新書

 ハッとする言葉だ。

p38 加藤周一の羊の歌からの引用の引用

旅行者は土地の人々と別の風景を見るのではなく、同じ風景に別の意味を見出すのであり、、、、、、


同じ風景でも住んでいる人と旅行者では見え方が違うのか、その通りのように思う。何遍も見て来ているうちに 住んでいる人と見え方が同じになっていくのかも知れない。 私はまだこの信濃町にきて4年。 住んでいる人は70年を超える人もいるし数年の人もいる。セミは7年以上かも、キツネも10年くらいかも知れない。 色々だ。 風景は人や動物がそれぞれ感じ取っているもの、同じではないのだろう。 

2023年7月31日月曜日

本 化け込み婦人記者奮闘記 平山亜佐子著

 明治大正昭和期の女性記者の奮闘記です。

性差別 職業差別 自己の中の先入観 などなど

現代とは全く違う世界です。日本国のちょっと前の姿です。見てみましょう。



2023年7月27日木曜日

病院の新築計画 経営をしたことがあるひとなら。

 

令和2年10月に信濃町から住民に渡された 信越病院の再整備の概要 と 言う
小冊子。 その 一部のコピーです。
普通に考えて収支予測は変です。 新病院が開院すると 収支がプラスに転じています。病床は97床から52床になる予定です。 開院した令和7年度以降 光熱水道費などの固定経費の減額、修繕費と減額を見込んでいるということです。 病床が減ったからと行って 固定経費が減るわけではありません。97床から52床になっても 職員の給料や様々な経費が減るわけではないです。 一般的に言って病院は400床以上でないと 利益が出ないと言われています。いわゆるスケールメリットです。 R12までに医療機器などの借金の返済が終わるので R13から収支がさらに 増加するとされています。医療機器は5年もすればどんどん古くなります。故障もします。 新しい機器を購入する必要があるのです。 お金がなければ 借金をして購入することになります。または機器は購入せず、医療の質を落とすかです。  現在のスタッフも高齢となり 医療の質が低下していきます。  今以上に 病院の評判は悪くなり外来人数も減るでしょう。医者が指示をカルテに書かない限り 病院の収入はないのです。

 一般的な話をしましょう。 私は経営学を勉強したわけではありません。
損益分岐点てわかりますか。
 例えば病院に内視鏡を一台入れるとする。簡単のためサブスクか残価0のリースかレンタルとします。 月額100万円を5年間払うとします。内視鏡検査一人一回10000円の保険収入があるとする。月100回以上検査しないと月額100万円を払うことはできません。 100万円を支払うためには人件費などを考えると 150回の検査をしないと払えないでしょう。 150回以上検査をすると やっとその収入が利益となっていくのです。 その150回が利益になるか 赤字になるかの分岐点なのです。 医療機器を入れるかどうかは そういったことを計算予測して 決めるのです。 月額100万円を払うことができないと予測されて 内視鏡を病院に入れることを決めるのは趣味としか言えません。経営者の立場ではありません。

 また別の話をしましょう。 今度は内視鏡を購入するとします。500万円で購入し 1年ごと100円の減価償却がされるとすると 購入した500万円がすべて経費として計上され収入より500万円減ったことになり、残った分が所得となりそこに 課税されることになります。 経費として計上する意味があるのは 収入が十分にある時なのです。 そして 所得税を払う義務がある団体や個人なのです。収入がない医療機関は課税対象の所得そのものがありません。

 自分が便利だという理由で町の病院の新築を希望してもだめです。 赤字がどんどん増えていきます。 あっという間に 町は赤字の財政債権団体になってしまいます。雪かきなど町独自の施策は全くできなくなります。 おわかりか。

 

2023年7月24日月曜日

ある町の長期振興計画について 一般的なこと

 何もしないと親元を離れていくのが鳥類、哺乳類、人類の決まり事であるように見える。

ある町を見てもその傾向は顕著だ。

人口減少、家族構成の変化、それに加え経済基調の変化である。 町の力が縮小していく加速度は増している。

町は これに逆らって振興しようとしているのである。

 今までの計画は美辞麗句を並べるだけで実行可能なものはなかったと言わざるを得ない。

振興計画には具体的に実行可能なものを取り上げる必要があるのである。と 私は考えている。

また一つの会社の利益になるような計画では先が見えている。 100年続く会社はめったにないのである。

2023年7月23日日曜日

本 書く力 鷲巣力 著 集英社新書

 まえがき 

それはいずれも短い文章、すなわち短文である。

、、、、、短文による表現の伝統は今日まで受けつがれている。、、、、、、

SNSは 殆どが 短文である。長い文章は読む気がしない。Webの文章はhyper textというテクニックも使えるので 短い文章を書くことができる。 

 そこんところ よろしく。

2023年7月19日水曜日

権利擁護ネットワークと言う考え方と ある町の行政の考え方の違い

 厚生労働省は介護保険制度の見直しに伴って 権利擁護ネットワークと言う考えを打ち出してきている。主に成年後見制度の利用促進を目的とするものであるが別の意味も含んでいる。

介護保険制度は ヘルパーなどの介護保険サービスを利用したいと思った人が 申請し 調査 認定審査 を経て その要介護に応じた 介護保険サービスを受けるものである。

そのには まず申請ということから始まっているのである。 権利擁護ネットワークと言う考え方は 介護保険制度の弱点を補うものである。申請したくない人 申請できない人 に対して 多くの人から見て 放って置けない人に対して 介護保険サービスや他の行政サービスに結びつけていくと言うものなのである。 

 ある町では申請がなければ何にもしなくても良い 自分の部署以外のことであれば他の部署に回す。と言う考えが一般的だ。 多くの役所ではそのような考え方が普通であった。いわゆるたらい回し、見てみぬふり。

しかし、最近は パワハラ、セクハラ、いじめ、 介護放棄、ゴミ屋敷など 見て見ぬふりでは ダメだという事になってきた。  申請できない人、申請しても無視される人が 増えてきているのだ。

そこで 重要になってくるのが 申請ではなく 様々な行政サービスと困っている人を結びつけることを検討する 権利擁護ネットワークなのだ。

ここには 権利擁護ネットワーク会議が開かれ、その参加者は 司法書士、弁護士、医師、病院などのソーシャルケースワーカー、役所職員、地域包括センターのケアマネージャーなどである。


2023年7月18日火曜日

本 アジアを生きる 姜尚中著 集英社新書

 姜尚中氏が アメリカ合衆国 第95回 アカデミー賞で アジア人で作られた エブリシングエブリウエアオールアトワンスが 7部門を制した。ことに刺激をうけて アジア人がなぜアメリカ合衆国に差別を受け続けてきたのか アメリカ合衆国が変わりつつあるのか。そう思いつつ書いた本ではないかとおもわれる。

 韓国や朝鮮半島と日本の関わりは 地理的にも歴史的にも深い。いくつもの事象がある。

現代の日本では韓国人が明らかに差別されている。なぜなのか。 この本にその回答があるのか。読んでみたいと思っている。

まず中国大陸や朝鮮半島から大量の移民が波状的に日本列島にやってきた。仏教もやってきた。天皇家のお顔は朝鮮半島の人とよく似ている。 遺伝的にも日本列島の人と朝鮮半島の人は近いのではないかと思われる。

一方歴史で習った朝鮮半島の国と日本列島の国には戦争や略奪やいろんな暴力的な関係が見られる。多くが日本列島の人が朝鮮半島を攻めこもうとしている。倭寇、豊臣秀吉などなど。

また江戸期には朝鮮の使節団が日本にやってきている。滋賀県の近江八幡市には地名も残っている。どんな感じだったのかわからない。

関東大震災のときは 意図的にデマが流され 朝鮮人が差別された。

などなどほんとにいくつもの事象があった。

そして 現代の私達の朝鮮半島や朝鮮人に対する 感情は とても複雑だ。 この本はそれをどうやって解きほぐしてくれるのやら。



2023年6月24日土曜日

CD ユーミンからの恋のうた。 松任谷由美45周年記念ベストアルバム

 私はユーミンの歌が流行っていた頃 仕事や勉強に集中していた。レコードやCDを買って聴いたりしなかった。コンサートなんて考えもしなかった。

今 歳行ってからユーミンの曲を聴いている。 心響く歌が多い。ユーミンの直ぐ近くにある風景、ほんの一瞬の風景に感動して詩、曲が 作られている。 感情の起伏がないような歌い方がより情景を浮かび上がらせている。 そんなことを思いながら mac mini で再生して聴いている。

2023年6月21日水曜日

再びAIについて テトリス

 以前 AIは最適化を行っている。テレビゲームのテトリスと似ている書いた。最適化が進むと自由がなくなる。適してないものは排除される。さらに 最適化のスピードが上がる。

テトリスで上から落ちてくるがチップが下の溝に届くまでにチップを回転させる。届いたチップは新たな溝を作る。下の高さが上がる。上と下の間がどんどん狭くなるのでチップを早く回さないとすぐに下に引っかかって負けとなる。  テトリスのゲームです。

なにか 漠然としてわかりにくです。

具体的なAIを使った商品販売について考えてみましょう。

多くの方は オンラインやクレジットカードで買い物をしていると思います。その活動はクラウド上にその痕跡を残しています。

G企業はクラウドを持っています。AさんはB歌手がすきでCDを買っている。 G企業はAさんはB歌手が好きでCDを買う行動をする という X分類に入れます。

G企業はR会社にAさんはX分類と言う情報を売ります。G企業はAさんにB歌手の新しいCDはいかがというメールを送りつける。 するとAさんは喜んでCDを買うことになる。 という 方法です。

G企業は情報を売って利益を得て大きくなって行きます。R会社は商品を売って大きくなっていきます。

クラウドを持たない会社 分類の下手な会社はG企業のようには大きくなれません。G企業から情報を買う資本がない会社は 商品が売れず大きくなれません。


企業格差が 広がっていく。 企業の自由度も個人の自由度もなくなっていくと思いませんか。

2023年6月20日火曜日

chatGPT 価値観が変化するとき 不安感が増す

 国内外を問わず生成AI chatGPTで大騒ぎをしている

。今まで正しいと思われていたことが 正しくないとか 正しいかどうかどうかわからなくなったという 価値観が変化しているから 多くの方が 不安になりさわいでいるのである。

天動説と地動説の変化 ニュートン力学と量子力学の並立 個人的には 日本の家庭における浄土真宗と創価学会の並立や改宗とにている。変化するときの不安。だ。

次に 正しいとは なにか について。日常生活においては 習慣的に正しいとされていることにしたがっていれば あるいは不法行為をしなければ多くは不安にはならず生活できる。また科学論文でも引用は多いものの一流の査読人が認めているので あるいは追試し同じ結果が得られるので正しいとされ 不安になることはない。 

さて ChatGPTにおいてはどうであろうか。 chatGPTが作り出す文章が正しいかどうか多くの人が正しいと思ってしまうことが変なのだ。 chatGPT  が どうやって答の文章を作っているのか不明ではある。しかし わたしの想像ではあるが。 質問に対し単語や単語の流れ抽出し 論文 SNS ブログなどから抽出した 正しいと多くの人が言っていることを検索しながら  あらたな文章つまり単語や単語の流れを 作っているのではないかと 私は想像している。 その過程における正しい は 今 世間が正しいと思っていることを 反映しているのである。ビッグデータの総数が少ないもの 正しいと正しくないの 意見が半々なもの時代と供に意見が変化しているものについては 結果はあいまいに成らざるを得ない。 と 私は想像している。 

 そう考えて行くと 余り知識のない人が提携的な業務を こなすには 大変役に立つ。 一方前例のない新しい芸術作品を作り出すのは苦手であるかもしてない。 

そういう風に見ていけばChatGPTとうまく付き合えて行けるのではないかと思われる。さらに出た答えに対しさらに自分で考えることが面白い作業となるのではないか。

そう考えると不安は生じない。


2023年5月19日金曜日

本 日本国史 田中英道著 育鵬社

 文献がなかった時代の縄文人がいたころに ある程度国家としてのまとまりがあり 歴史だと。作者は言っている。三内丸山遺跡など東北の後期縄文遺跡での発見、関東の古墳群などから 歴史があり 継続して天皇家などの 国家が形成され 現代にいたっていると考えているように見える。

 私は 縄文時代の生活と 弥生時代の稲作栽培を中心とした集団生活が あまりにギャップが大きすぎるように思う。さらに 古墳時代 ヤマト王朝じだいと かなりの ギャップがあるように 見える。一つの人種なりが 変化していったにしてはあまりにギャップがありすぎる。 それよりは 縄文時代後にたくさんの 移民が日本列島に 波状的にやってきて 戦争したり、混血したり して 多様な変化 淘汰 しながら 奈良時代の中央集権国家へと 日本列島が 変化していったのではないかと 思っている。 

 表面的には一つの人種国家が変化しているように見えて 実際は 移民 多様 淘汰を 繰り返していたのではないかと考えている。 したがって 田中氏が思い描く日本国史とは 多少異なる。

2023年5月14日日曜日

何が足りなくて 日本製の ワクチンや治療薬が 使われなかったか。

 新型コロナウイルス感染症に対する ワクチンや治療薬が 新聞やテレビで できたといっては 結局 使われなかったのはなぜなのか不思議に思われたかたが多いと思う。

まず 決定的なこと 治験が できていないということだ。

新型コロナウイルス感染症は 地球規模にパンデミックを起こした疾患である。ことは みなさんが認めるところだ。

その臨床試験をへて それが 一流誌に掲載され はじめて 使えるものが できた。といえるのだ。その臨床試験

1.国際的(多国で)で 2重盲検で プラセボと対象に対して 薬がわりあてられること

2.対象は こんかいの場合 症状のあるcovidー19感染者、重症のcovid-19患者 、covid-19に対するIgG抗体を持たない人 など など 対象を絞り込んだほうがよい。薬やワクチンの適応がすくなくなるが 比較試験の結果が出やすい。

3 ワクチンや薬のによる効果 が とても大きければ よいが 効果が少ない つまり プラセボと対象の 差が 小さい場合には 治験のやり方次第で 差が出ないことがありうるのだ。

以上のことを きちんとやりうる日本の大学や製薬メーカーがあるのか ないのか 非常に疑問なのだ。   大きな反省点だ。

2023年5月13日土曜日

曲や小説の 本質

曲の出だししか歌えない。小説の出だししか覚えていない。それは 作った人が一番感動したこと、一番伝えたかったことだからだ。

Aはトンネルを越えてCを見た。 そこが作者が感動したところでその感動を伝えたかったのだと 私は思っている。Aがそのあとどこに行って何をして死んだのか、Cが火災でなくなろうが どうでも良いかもしれない。小説なので ある展開があって終わらなければならないのだ。でも読んだひとが覚えているのは記憶に残っているのは Aはトンネルを越えてCを見た。

曲も小説と似たところがある。長い交響曲やソナタ形式やジャズ曲。大抵覚えているのは主題A、他は色々展開がある。アドリブがある。演奏がある。曲なので 終わりが必要なのだ。あの手この手で終わりを考えるのだ。バリエーション、転調、主題B、フェイドアウトなどなどあの手この手を使って終わるのだ。 でも 聞くひとが覚えているの記憶に残っているのは 主題A。

曲や小説の 本質は そこにあると 私は 思う。

2023年5月7日日曜日

ある会の出席すべき総会の委任状

ある町の ある地域の全員が出席すべき総会に対する委任状。

最初は出席できない人に対する 委任状なので なんと民主的なところかと 思っていた。ところがその委任状は 会員個人が記入する委任状ではなく 世帯単位で記入し、1世帯当たり2名まで。しかも委任する相手は一世帯で同一人物と決められていた。 なんでこんなことが起こってしまったのか 不思議に思った。

多くの私は今70歳、小学4年生の時に町村合併を経験している。 今は 市になっている。

あの時 話し言葉のアクセントの全く違う町村が合併していたのを思い出す。もちろん文化、お祭りは違う。そんなことを思い出す。

現在のこの町も いくつかの区域が合併して一つの町を作っている。 今は なんちゃら郡なんちゃら町大字なんちゃら うん番地 となっている。 戸籍や予算税収は町が握っている。大字なんちゃらは 握っていない。 つまり 誰がどこに住んでいるのか 大字なんちゃらにはわからない。 大字なんちゃらの所有する土地や財産、行う行事は残っている。税収はないので 町が徴収する租税とは別に集めないと財産の維持や行事は行えないのだ。 よって 大字なんちゃら の 独自の会費を集めることになる。戸籍は無いので、 昔からわかっている外から見える世帯ということになる。 そういう仕組みである。と 私は想像した。

こういうせざるを得ない事柄に対しが、子供はどう思うのだろうか。例えば 民主主義やジェンダーの違いは関係なく 個人として 扱いをうける社会にあって、 子供が愛する母親が不当に差別され、人数にも数えてもらえないと わかったときの失望感はかなり強いものがあるのではないか。さらに そんな町にはおられないと 町から離れていく一つのきっかけを作っているのではないか そんなことまで考えてしまう。 わたしの思い過ごしで逢ってほしいが。

2023年5月6日土曜日

本 まちがえる脳 櫻井芳雄著 岩波新書

 AI やクエリー は なにか入れると 一つの答えが返ってきて 違う答えは出さない。 それに比べ 我々の行動は どうだろう 分かれ道 。右は前に行ったことがあり 食べ物もいっぱい。 左は薄暗く おばけが出そうな雰囲気がある。 迷い込んで左に行くこともあるし 薄暗い先に何があるのどろうと 行ってみたくなることもある。 

 脳の発達でも 乳児期に神経細胞が増えている。幼児期には 数が減っていくと 学んだような気もする。あとは シナプスが できたり消えたりして成人になっていく。アスリートになったり 学者になったり 色々だ。

 この本は脳から見た 人間について 書かれているのではないかと期待される。まだ読んでない。


 





 

2023年4月24日月曜日

第9波がきそう。反省をしておきましょう

5月8日から 新型コロナウイルス感染症は5類に入れられる。 今までのこと 反省しましたか。

 大きく考えてみたい。

人とウイルスや細菌との関係はさまざま。感染症法上の取扱はどのような視点に立っているか。感染症を広げないというのが一番の目的ではあるが、それ以外に自由を法律を使って奪うという目的がある。 そのために分類がなされている。 今回5類になることによって 行動の制限ではなく こうしてくださいというお願いであり あなた任せの 自己責任で ということになった。 おわかりでしょうか。

 さて 反省です。 個人的にできた行動 できなかった行動 損害を被った 得をしたなど いろいろあったと思いますが 是非とも記録に残しておいてください。後できっと役に立ちます。

 当初新型コロナウイルス感染症は飛沫感染するとされていた。厚労省からは新型コロナインフルエンザの感染症と 同じ扱いをしなさいと言う指示が出ていた。ところが だんだん飛沫感染だけではなくエアゾル感染 空気感染することがわかってきた。 そのため 感染対策のしかたもおおきくかわっていった。

 一方 空気感染する感染症に肺結核がある。日本では 以前は死者も多く大変恐れられていた。結核の分類 治療法の開発 保健所の活躍 ツベルクリン検査 BCG 学校保健など 全国あげて対策を行った。 それによって 死者も減った。現在は 結核を忘れた老人、 結核を頭に置かない医師の診察による若者の感染などが見られる程度となっている。 

 肺結核と新型コロナウイルス感染症は同じではないが 空気感染という点では似ているところもある。ということは 肺結核対策で行われた 対策は充分参考になることを示している。




 

2023年4月16日日曜日

社会福祉協議会

 半ば強制的に自治会を通して社会福祉協議会に会費を払っている。 社会福祉協議会はボランティア活動を行っているかのように見えて 福祉政策を実行している。行政機関と考えたほうがよい。議会を通さなくても良いので楽にことを実行できる。 存在意義はそこにあるかもしれない。

どうする ナンチャラ

 NHKの大河ドラマ どうする家康 の どうする は 今年の流行語大賞を取りそうだ。 すごい人気だ。 タヌキ親父のイメージが強かった徳川家康を変えるほどのキャッチフレーズだ。番組では家康は 家臣や地元の人に愛され支えられているがゆえに戦国の勝者となった。武力と策略で勝者となったのではない。戦国時代の人物でも戦争が嫌いで平和主義 というイメージで貫かれている。

 さて現代において 生き方を変えたいと 思っている人は たくさん居る。それ故にあのドラマは人気があるのかもしれない。 

 生き方を変える人の多くはより自分の気持ちに正直に生きようと思うかもしれない。 そしてそのほうが 肩の荷が降りて 幸せに感じるかもしれないと思って生き方を変えるのかもしれない。

2023年4月12日水曜日

だいじょうぶ

 患者が だいじょうぶ とか べっちょない というのは 周りの人を気づかっていう。

普通の医者は だいじょうぶということはめったに無い。95%以上の確率でだいじょうぶ、5%以下の確率で悪いことは起こらないと判断すれば だいじょうぶと 言うかもしれない。

5%以上の確率で悪いことが 起こることがある場合 だいじょうぶと言ってしまう医者は

ヤブ医者か嘘つきか ボケた医者だ。  想定を超えて 5%以下の確率で起きる悪いことが 実際に起きたときのために 高額の損害賠償保険をかけている。医師会費の殆どは 損害賠償保険の保険料に当てられる。 そんなものなのだ。 それだけの責任感を持っているから 患者から信頼され 心配ごとを 打ち明けられるのだ。  そのこと忘れてはならない。 へんな 判断をしだすと もうその医者は引退するときなのだ。 大丈夫と患者に言いはじめる医者は引退すべきなのだ。 

いっぽう 公務員や国会答弁を聞いていると 悪いことが5%以上の確率で起きる可能性があることでも 大丈夫と言ってしまう 人たちが たくさんいる。 皆さんはこれをどう思うか?

2023年4月10日月曜日

ある病院の新築 いくつものシナリオ

 私は悲観的な想像しかできないので 新築は失敗に終わるというシナリオしか書けない。



上記の記事が信濃毎日新聞に載った。


病院建物などの老朽化に伴い新病院建築はS町住民の願いであるらしい。S1病院は歯科医院をのぞいてS町ただ一つの医療機関で90床あまりの病床数がある。御多分に漏れず新型コロナウイルス感染症患者発生のため 入院できなかったり、スタッフの感染などで 外来もままならない時期もあったらしいが 公表はされていない。 一方多くのS町住人は S病院医師をかかりつけ医と思っている方 が ごく一部で 多くは 隣の市や町の病院や診療所を頼りにしている。 病院の医師は紙カルテを使っている。 多くは 都会の病院や医学部から 派遣されてやってきている。 電子かるではないこともあって デジタル遠隔での 診療はなく すべて 医師と対面の診療 ないし 病院外での 訪問診療、往診 などである。新病院は 大都会のコンサルタント会社に委託して 計画が立てられ新築計画が立てられている。 近くの公共施設跡地に 50床あまりの 保険診療を行う病院を建てるらしい。資金面では 80%以上は 地方交付税交付金や国庫支出金が 充てられるらしい。

シナリオ1
物価高騰で早速建設費の高騰 資金面で窮地。地方交付税交付金や国庫支出金の増額は期待できない。税収もコロナで減少している。たの金融機関からの借り入れやや寄付は期待できない。 となると 早速建設業者は お金を支払ってくれないところの仕事なんかしない。
入札参加者はいない。建設されない。
シナリオ2
地方交付税交付金や国庫支出金は 国会で決められる。 それが 減額されたり消失されると あっという間に 資金は底をつく。 無理に病院存続を望むと 建設費もなくできたとしても 給料も払えない。 さらに継続を望むと S町が赤字団体となって 国家管理に置かれてします。最低限の政策しか実行できなくなる。病院は閉鎖となる。 当然町道の雪かきなんてもってのほか。 
シナリオ3
運よく新病院が建築されたとして。そこで働く医師が来てくれるかはわからない。 電子カルテに慣れた若い医師は 紙カルテから電子カルテに移行し始める 病院に 行きたがるはずがない。 離れたところからくるので 症例検討を S町から離れたところで行うことになる。当然 患者データを 何らかの方法を使って閲覧することとなる。 それは 可能なことではない。 などの理由から 建物が出来ても 病院が医師不足のためフル稼働できない。 だんだん 外来患者も減少しさらに入院患者も減少し 病院は消滅する。

シナリオ4
1-3は悪いことばっかり だが よいシナリオ4 が ないわけではない。 斬新ではあるが 可能なシナリオがある。そのためには従来の保険診療を行う病院という概念をなくすことから 始めなければならない。S町にとって 医療、介護、保険、福祉、教育に 何が必要かというところから出発する。 これは あほでは このシナリオ4は 書けない。





2023年4月8日土曜日

米の種苗

 JR京都駅 近鉄京都駅からよく見える タキイ種苗の本社ビルがみえる。

江戸時代の蕪村の俳句に ”初午や物種うりに日のあたる” というのがある。 農産物でも 米以外のものは農家は 物種売りから 種苗を買っていたのかもしれない。

 米の種もみはどうだったのだろう。 ご近所の稲作農家はいま 苗代づくりの最中だ。種もみは農協から買っているということだった。

 弥生時代急に稲作が盛んになって 日本列島各地で 稲作がなされている。 ヤマト朝廷は奈良時代には中央政権を作り日本国を作った。 ふと思う 中国か朝鮮半島のどこかの 優れた米の種もみを 持ち出したのではないかと。 それをうまく 農家に分配した。  江戸時代でも天皇家はつぶれることはなく、 税金年貢は米で納められ 流通の中心だった。 現在でも 日本国では 天皇の即位の時は大嘗祭が行われる。11月23日は新嘗祭、勤労感謝の日だ。   陵墓の人DNAだけでなく 米のDNAも調べると 面白い関係が見つかるかもしれない。

 さて こう見てくると 日本の農家は 米の種苗は権力者からもらったり 買ったり、 米以外の種苗は 商売人から買ったりしていたのではないだろうか。 種苗を自分で蓄えて品種を継続して育ててきたという 習慣がうすいのではないか。 種苗は買うものという考えは自然な考えではないだろうか。

 そういう風に見えてくる。農家でも学者でもない勝手気ままな私。私の考えは間違っているだろうか。   

 

2023年4月3日月曜日

保守軟弱忖度系

 

4月9日は長野県議会議員の選挙ですが 選挙に行かない人多いかもしれません。
老若男女を問わず 保守軟弱忖度系の人ばかりのように思えてきます。
いつごろからか 日本全体がそうなっているように思います。 それは 悪いことかもしれません。モノいえば唇寒し秋の空。沈黙は金。言わぬが花。波風が立たないほうが良い。 などなど ということが ひしひしと感じられます。 選挙の時でさえ議論はせず 地方選挙の時でさえ 身近かな 公園やコロナ感染やリニア新幹線のことなど すっかり忘れたように 議論しない。 宗教団体の罠にはまって票取りの援助を受け 政策を変更したことさえ 反省も議論もしない。 これは いったい 何だ。 いつから こうなってしまったのだ。
 物心のついたころからの記憶をたどってみる。 一億総ハクチ化。安保反対。学生運動。イムジン河放送禁止、べ兵連、竹田の子守歌放送自主規制、あさま山荘事件、反戦運動下火、大阪万博、トイレットペーパー騒動、あっしとはかかわりのねいこと、オウム真理教事件、必殺シリーズ、初音ミクの声、癒し系、猫カフェ、忖度の流行語、草木染、おひとり様、プチなんちゃら、 田舎でカフェ、。。。。


2023年4月2日日曜日

医療について 基本的な考え方のお勉強。

 町では新病院建築の話が出ている。唯一の診療機関である病院が古くなり新病院建築ということになった。町のある係りとなったとの意見を述べる機会を得た。 以前からパブリックコミットメントなどを町で求めていたが 聞く耳を持っていたのかどうかは分からない。

講義おこなうつもりでいろいろまとめてみた。

1.医療には3つの基本的な要素がある。 医師、患者、診療録いわゆるカルテ の3つだ。

 近年包括医療、計画的医療が おこなわれるようになったが 基本は同じと考えてよい。

 患者は 自分のことで困っていること(主訴)があると 医師にあい 医療が始まる。医師は患者を診て(診察) その状態を記録したり、指示を書いたり、行った医療行為を記録する(カルテ)。 それ全体が医療なのだ。患者が主訴をもって医師と面会しないと医療行為は始まらない。

2.カルテに書かれていないと 医療が存在したかどうかは分からない。

3,医療機関の収入は 医師がカルテに書いた指示や、カルテに記録した書いた医療行為に基づいて計算される。


日本における医療のほとんどは社会保険に基づく医療であり、病院や診療所で働く医師は

ほとんどは保険医であり、ほとんど社会保険に基づく医療行為を行っている。

これは 医療についての 基本的な考え方のお勉強である。 保健、衛生、介護、医学教育の基本的な考えかたお勉強ではない。


自主防災といわれているが。

 町の係りをするようになって いろんなことが見えてくる。

今日は防災について考え方を整理しておこう。

1,京都市でもそうであったが信濃町でも自主防災といわれている。誰が言いだしたのかわからない。どこの自治体でも防災の考え方として自主防災というのが各自治体の防災の考え方らしい。 避難施設の運営を国家ではなく 地方自治体や各町村の自治会やボランティアに任せるというのが基本らしい。

2最近の大規模洪水、新型コロナウイルス感染拡大など いくら 防災意識が高まっても、自主防災組織が立派であっても 大量死者は防ぐことはできていない。

3この人口7000人余りの小さな町でも 家屋の火災で2名の死者を出している。

4NHKのニュースなどでわかるようにまず 死者をださない。というのが 防災の基本的な考え方になってきているのではないか。


防災について考える方法を二つ示したい。

A 防災をわけて考える

 1.お金を使えば解決できるもの 例えば 火災を起きないようにする。台風などで失った住居の修復や代替を用意する。などなど。

 2.お金を使っても解決できないもの 多くは大量死をまねくもの。 戦争、原発事故などによる放射線犯罪 細菌や毒物などを使った大量破壊兵器使用、広域の大洪水、地震とそれに伴う津波。未知の感染症。

B 災害時の死者の発生原因で分けて考える

 1.災害のそのものの発生を防ぐ 

 2.災害発生時の死者を防ぐ

 3.災害後の関連死を防ぐ。

自主防災という考え方は Bの2.3には有用であるが。

2023年3月27日月曜日

スライド組曲 小林一茶

 スライド組曲小林一茶    R8に録音済み

1 めでたさもちゅうくらいなりおらが春

  おらが春p8  

  MEDETA ♩=138 bossa1 No13

2 はえわらえふたつになるぞ今朝からは

 おらが春p8 雪五尺p19

 HAEWAR ♩=110 trad1  FantasiaJV  NiceKalimba No14

すずめのこそこのけそこのけお馬が通る

  おらが春p8 

   SUZUME 

4 はなれ鵜が子のなくふねにもどりけり

  おらが春p31

  HANARE べるメトロノーム softSax

5   ゆうぜんとして山を見るかわずかな

  おらが春p38七番日記

  YUZENT ♩=98 R&Bswing trumpetSftwP
  おらが春p100
  TOMOKA ♩=90 monologue73program monologue90program
  雪五尺p139 七番日記
  KYOKAR no12
https://youtu.be/SJTTyneirw8
  おらが春p130 雪五尺p17
  KOREGA ♩=83 ballad 6/8beat
  雪五尺p29 七番日記
  YUKITO ♩=90 soul16beat1
  岩波新書 小林一茶p148 七番日記
  APPRIL ♩=80 soul16beat1  ギターGDC ギターベースG単音

  古間駅にある色紙に書かれている一茶の俳句です。おらが春に掲載されています。
  椋鳥は信濃の国などから江戸に集まる労働者を揶揄した言葉です。群れて騒がしいと。
  一茶もそういううちの一人だったのかもしれません。 この曲はR8で 多重録音して作っていますJAZZswingです。コード進行は    Cm7 F7 B♭M7 E♭M7 Am7 D7  Gm7
G7 です。有名曲 枯葉 の パクリです。
  12曲目です。この句もおらが春に出てきます。雀に呼びかける一茶の姿は孤独なようだ。一茶は孤独感を思いながら小さな動物に目を向けていたのだろうと思う。 アメリカ合衆国の古い歌シェナンドーをパクっています。


2023年3月26日日曜日

町の風景 仕事が無いので町から出ると 多くの人はいうが。それ本当か。

 自分の身の回りを清潔に保てない爺さん婆さんを学校から帰ってきて世話をしているのは その方の孫。学校から帰ってきて テレビを見たりゲームをしたりして 別の部屋で じじばばと一緒に過ごす。 大きくなって車を運転するようになった孫はコンビニにでかけて 弁当を買ってきた 別べに食べる。 父母は車にのって 隣町に仕事に行っている。よる8時過ぎに帰ってくる。そんな生活を かなり多くの町の人々が送っているかもしれません。 お家を回ってみるとそういう生活が見えてきました。 町に残っている若者は 出られなかった若者。出た若者は成績がよく長野の高校を出て東京の大学に行っているかもしれません。 そんなことが想像されてしまいます。  仕事が無いから町からでる出る というより そんな生活をしたくないから なのでは無いでしょうか。 あくまで 私の想像だ。

2023年3月25日土曜日

町の 風景 と 社会的な死

 昨年末より民生委員 4月より 町内会組長を する 。 各個を見てまわる権利を得た。

朽ちかけた 家を訪問すると 人が住んでいる。個体としては生きているのだ。 空き家はもちろん 家は朽ちていくしそのことによって景観も悪くなり犯罪や事件がおきる可能性もある。一方 人が住んでいても 朽ちかけた家があるということも 訪問してみて わかってきた。  話してみると 孤独、不安、不審が ある。食べ物、食事は なんとか調達できているようで あるが 家、身体の両方が 汚れている。 ご近所や、親せきは そのことは知っているが コンタクトを取ろうとはしないように 見られる。 そのようになった経緯は わからない。  かつては 大きな家だったように見られる。 家族もあり ご近所にも顔見知りがいっぱいいたかもしれない。 少しづついなくなり 現在に至っているのかもしれない。

個体としては生きているが 社会的には死んでいるようにもみえる。 食べ物食事の調達が出来なくなったり、何らかの傷病が発症すると 個体としても死に至る可能性 大 だ。

 町は他県からの移住や町内での起業には 精力的だが 社会的な死の増加に対して 何らかの手を打っているのだろうか。  

2023年3月18日土曜日

コロナ感染の検証 グローバル企業と国家 ちょっと大げさなテーマですが 素人との目から

 日本に新型コロナウイルスが入ってきたとき、情報がないと騒がれました。そして、新型コロナ感染症であると認めるためにはPCR検査で新型コロナウイルスRNAな検出されるというのが条件でした。と 厚労省は通達を出していました。 検査を受ける条件も厳しくまた 結果が出るまでに症状が出てからでも2週間以上かかったケースもいっぱいありました。 その間にコロナ感染が広がり 多くの国民は不安な日々を送りました。 さて このPCR検査 ヨーロッパでは 大量に迅速に 行われていました。日本と1桁、2桁 数が違っていました。 しかも 検査ができる機械は日本の医薬機械製造メーカー製でした。 そして このメーカーとヨーロッパ諸国との契約は 続いており 日本国内で 使用が出来ませんでした。  もし 日本政府が強権を発動してこのメーカーに 日本国内ですぐに使えと していたら どうなっていたでしょう。 そのメーカーの商品が売れなくなるだけでなく 世界中から 日本政府は信用ならない となり 日本の会社の製品はすべて 海外では売買契約ができなくなり また 円の信用もなくなり 日本はまったく孤立してしまうでしょう。 と 素人の目からみる グローバル企業と国家についてです。  意見や修正や変と思う方はどんどん言ってください。

2023年2月15日水曜日

16ビートを使う理由

 

わたしあなた という歌詞があるとする。

1小節のおわりに16分音符2つに わた と割り当てるときと

1小節のおわりに16分音符3つに わたし と割り当てるとき を かんがえる。

どちらでも16分音符で刻んでいれば すぐに対応できる。8分音符で 1小節を8つに刻んでいては3つにわたし と割り当てたときに タイミングが取りにくい。

 ということなのだ。


2023年2月10日金曜日

ある福祉関係の講習会

 リモートや伝達講習など、DVDによる 代行。など 相変わらずだ。政府のやり方。どこかの天下りの法人がやっていそうな匂いぷんぷん。

 さて 中身のことだ。 今さらながら 自助 互助 共助 公助 と 地域包括ケアの 話が出てきた。    

 ピンとくる人いますか。

介護保険制度ができて25年。 25年前 家には老人しか残らず 介護や看護を どうしたらよいか問題であった。 いわゆる老人病院に押し込めてしまう、あんなところに親を預けて お金やコネのある人は違うといわれた時代だ。 高齢化社会に向けて 大きな期待をもって導入されたのが公的介護保険制度だった。 保険料を払っていれば 介護認定を受けていれば ヘルパー、入所などの介護保険サービスが お安く 受けられるという制度だ。

 当初の予想に反して 介護認定 介護保険サービスを受ける人は急増。 現在 社会保険である 医療保険制度、介護保険制度は 崩壊の危機にある。  医療費の高騰、介護保険料の高騰に 多くの方が苦しんでいる。 それが 現状です。

 それらを少しでも 危機から逃れようとする 政策。

公的介護保険は 共助にあたります。 自助 互助を 増やして 共助を減らしましょうということです。

自助 は 健康寿命を延ばそう。 互助 は ご近所のそこじから、絆 です。 公助は 生活保護などの医療扶助 介護扶助です。

地域包括ケアは 自助 互助 共助 公助の 最適化 いかに効率よく お金をかけないかということです。

この講習会で 改めて 政策の意図 方向性を思い出すことが出来ました。



 

ソリッドギターとアコースティックギター

 孫のギターを弾いている姿を見てふと思った。

楽器は身体とくっついている。音を出したとき 耳から入ってくる音だけではなく 身体に伝わる振動もある。その振動は感じると同時に体自体も共鳴共振する。更に床にもエネルギーが伝わる。 ソリッドギターを見ると電気信号がアンプを通して音となり 耳から聞こえるのだ。身体に感じるものは楽器からくる振動ではなくアンプを通しての空気の振動だけだ。鼓膜の振動は微妙な音も聞き分けるが 大音量出なければ身体に感じることは少ない。

 身体に感じる音も音楽の重要な要素かもしれない。

時々アコースティックギターを弾きたくなるのはそのせいかもしれない。

2023年2月5日日曜日

コロナ禍 と AI によって 最適化は進んだが 

 社会の最適化は進んだが 一方 若者の選択肢や希望は かなり狭まった。 チェンジや変革を望む声はあるが 何をどうしたいのか わからないままだ。 知恵をつける機会も失われた。

 日本の社会保険制度を見れば それらのことは 理解できる。 是々非々、や 小手先 や 最適化 では どうしようもなくなっている。

 科学技術も良かれと思ってやっと事が 裏目に出ている現象が目立っている。

さて 私達は どんな意思をもって 進むべきか。鼓舞するだけでは だめだ。


 

2023年2月2日木曜日

決算や予算の議会が開かれていると思いますが。

 皆さんの市町村ではいかがでしょうか。

首長は一番にコロナ禍からの立て直しを公約に掲げているのではないでしょうか。

水害や地震災害では一人でもなくなれば 大変なこと 。被害にあった人に対して 災害公営住宅を提供したり、 災害を防ぐための地形の変更や建築が 行われます。 それが 普通です。

さて コロナ禍からの立て直し、再生や立て直しを するとはどういうことでしょうか。

コロナによる被害は どんなものだったのでしょうか。 一人以上複数はなくなっておられます。 感染者はきちんと数えられていますか? 拡大を防ぐために 多大な予算が計上されているはずです。 あるいは生活困窮の方に お金や生活物質を提供し続けると 思われます。 さまざまな因果で税収の減少もあるはずですが、予算は組めるものなのでしょうか。 

首長の公約に対して議会は 追求したり、実行性の検討をしたのでしょうか。

 よくみてみましょう。



2023年1月30日月曜日

鼻出血 少し医学的

今朝 鼻出血で目が覚めた。右の鼻の穴からドロッっと流れる。枕にもついている。さかずき一杯もない。 すぐに 止まる。

ここ3年で3回あった。 全身の病気の一部ではなさそうだと思っている。 

老年にみられる 小さな出血は 結構多い。皮下出血、目の強膜の出血、頭蓋内の小さな出血

そして 今回見た鼻出血。 

いずれも 小さな静脈が詰まるかなしかして薄い血管が破れて出血したものでは無いかと思っている。出血の前は血の小さな袋ができてそれが痛みの原因となることも多いかもしれない。

原因はわからないが 細い静脈の血管の細胞への ウイルス感染ではないかと 私は疑っている。

殆どは見た目は悪いが 時間が経つと跡形もなくなってしまうのでは無いかと思っている。

すべて 私の 想像だ。  こんなことは 誰も研究しないし 研究しても 役には立たず、診断学の一部を濁すだけかもしれない。


2023年1月22日日曜日

多くの方が 在宅での死亡を望むようになってきたが

 在宅での死亡でもいろいろある。死亡に至る疾患にもよる。 見たい家族や周囲の人がいて1週間から長くて1か月の間に 亡くなるのがちょうどよい。 短すぎては後悔が残る。長すぎては 疲れてきて 早く死んでほしいと望むようになる。

 悪性腫瘍の場合、出血や痛みが伴うことが多く それを覚悟しないひとは在宅で見られない。 呼吸器疾患や循環器疾患の場合 呼吸困難や息切れ喘ぎが多い。酸素を与え少しでも楽になればと思う。 それも見る人の覚悟がいる。 いずれも 本人は死にたくないと思っていることが多い。 したがって見る人も 一生懸命になる。

 一方認知症の末期は どうなっていくのか 見当がつかない。 食べ物を拒否することもよくある。 脱水になって苦しむことは分かっていても拒否することがある。 見る人 本人の 関係にも 大きく左右される。

 在宅の医者は 悪性腫瘍にならないように、成人病にならないように 検診をすすめたり、生活のアドバイスをする。それが仕事のようなものだ。しかし、在宅で死を迎えるには悪性腫瘍や成人病のほうが 良いかもしれない。上記の理由からだ。  一方、認知症の発症を防ぐことは難しい。さらに介護も難しい。共に暮らすのも難しい。 どうしても お金で解決したり、施設に行ってもらったりしてもらう人が多い。 これからの課題なのだ。

 

 

2023年1月20日金曜日

好きな楽曲は なぜその楽曲がすきなのか。私の場合

     youtube, spotify, amazonmusic, applemusic など ストリーミング配信が手軽に利用できるようになった。 どんどん、こんな曲はどうじゃと 私の スマホやパソコンの画面に提示してくる。 レコードのように 大事に扱ってやっと音が聞けるというわけではなく、線やBluetoothやWIFIでつなげれば 簡単に 良い音が自宅で手に入る。歩いていても手に入る。  たくさん聞いていると、自分の好みはいったい何なのかということが 気になり始めた。

歌っている人、作った人、演奏している人 が 楽曲を通して何を他の人に伝えたいのが 重要。 その人の音楽のテクニックの順位は低い。 伝えたい歌詞の中身、できた喜び、伝えたい音楽性、メロディーの美しさ、乗りたくなるリズム それらの一つまたは集合、調和など が わたくしに 激しく伝わってくるものが 私の好みの楽曲ではないかと と 思うようになった。 演奏のテクニックを見せびらかす楽曲は 良くない。 軍国主義的な扇動、あおりの楽曲もよくない。 また 歌で一儲けしようということが見えてくる楽曲も 良くない。

2023年1月15日日曜日

変化を求める。 自由と平等

 変化を求めるのは かなり 人間の本質かもしれない。

一方 変化を求める方法については 大きく2つに 分かれる。

一つは自由。 義を見て為さざるは勇なきなり。 という考えで素早く行動を取る人

もう一つは 平等。 江戸時代だったか 領主への訴えの書状のなかでの記名の欄。右から記名するのではなく円状に並べる方法。誰が責任者なのかわからなくするやり方。

自由と平等は両立しない そのせめぎあいで 物事が進んできたと以前より述べてきた。 改めて 田舎でそういうことを感じさせることが あった。

2023年1月13日金曜日

ストレス

 無職である現在仕事に関係したストレスは殆どなくなっている。仕事をしているときも年を取ってくるとストレスと感じる状態がなくなっていたかもしれない。 よくストレスが溜まって大変でしょうとか ストレス発散はどうしているのかとか 心配してくれる方がおられるが 高齢になるほど ストレスをためない生活をするようになって行くものだと、思っている。ストレスは向上心の現れだとか 現状を変えたいと思うからストレスになるとか 欲求不満が溜まっている証拠だとか言われる。 またその中身も色々だ。夫、妻、子供の死 によって生ずる悲しみや寂しさ、 子育てがうまく行かなくて 子供に暴力を振るった、会社でできないことを一ぱい言われて罵倒されたりして自殺を考えたとか、やかましくて明るくて寝られないとか、性欲が満たされないとか、社会的こうすべき立場にいるのにできないとか 色々だ。

 高齢になるほど ストレスをためないようにできるのは 一つは

ストレスとなった事柄をわすれやすくなって、感じにくくなっているから。笑うことも助けになる。もう一つはストレスを翌日にひきずらないような方法を考える能力を身に着けてきたかもしれない。 解決してないことを翌日までそのまま残していると ストレスは 増える、眠れないとさらにさらに増える。実際に解決したり、解決する方法や手順を 見つけたり 減らせれたら 結構楽なのだ。翌日も同じことから出発するとどんどん溜まってくるのだ。

 悲惨な事件が頻繁に報道される。 減らす手助けにならないかと 思って 書いてみた。