私と同じ年齢昭和28年生まれの オカマちゃんがいた。若い頃は チヤホヤされたんだろうと思った。けど年が行って化粧のノリが悪くなって チヤホヤされなくなって 彼これからどう生きていくんだろうと思った。 彼はご近所の商店街の人と接近し始めた。ご近所の人も彼の存在を認めているように見えた。そこで私の仕事は終わったがあとどうなった知らない。医者は主訴を持ってきてくれないと何にもしない人種だ。 今から思うに彼が生きていくには 自分の存在を認めてくれる人が必要だと思った。 近くにダウン症の子がいる。ダウン症は小児の頃は素直でかわいい存在だ。母親もよく病気をするので かなりの愛情を注ぎ込む。 20歳を過ぎると小児科ではなくなる。母親も高齢になっていく。自分がいなくなった後のことを考えるようになる。少しずつダウン症の子を 離さざるを得なくなるのだ。 母親や父親はなやむが ダウン症も悩み始める。 なぜ悩むか。両親は ダウン症の児を認めてくれる人がいなくなるのではと悩むのだ。ダウン症の本人も自分の存在を認めてほしいと悩み始める。 自分の存在を認めてくれる人 というのがキーワードだ。 今 居場所づくり とか 福祉施設とか 変化のキザシが見られる。 これもやはり本人が自分の存在を認める人が欲しいのだ。多くの人は自分の存在を認めてくれる人を見つけやすい。一方ダウン症の人やLGBTQの人は自分の存在を認めてくれる人を見つけにくいのだ。そこを理解すべきだと私は思っています。
人と風景
たくさん風景を見たい。そこにいる人の暮らしも見つめたい。 車は乗らず、自転車と電車、徒歩で行きます。2017年7月より、自転車旅行で困ったこと、こうしてよかったことをメモのつもりで記録していきます。
2026年9月3日木曜日
2026年8月31日月曜日
2026年8月29日土曜日
自分の性格
70歳過ぎてやっと人の気持がわかるようになってきた。小児のとき とにかく人と同じことをするのが嫌いだった。同じことをしなくて済むようにあの手この手を考えた。そして常に自分が正しいと思ってきた。正しいのではなくいろんな考えがあるということを中2のとき生徒会長になって分かった。とにかく人より優位に立ちたいと思う気持ちは70歳を過ぎるまで捨てきれなかった。それは今も続いている。しかし多様性を認めるということは比較しないということだ。そこに向かってあるいは近づいていけるよう 努力しよう。
2026年8月28日金曜日
本 言葉にできない想いを伝える
マイルズLパターソン著 誠信書房
p6 私たちは周りにある何かを用いて常に合図を選んで送っており、また同様に
他人の合図を解読しているのです。
この本の副題 非言語コミュニケーションの心理学
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