物価高ではないと言っていた政府もいよいよ補正予算を組むことになった。 一方財源はあるのだろうか。税の増収は見込めない。 円を刷って国債を新たに発行して国民などに借金をするか。赤字国債が増えると予算そのものが成り立たなくなる。金利が増えると返せないと分かった時点で誰も買わなくなる。 売る資源がないので 働いてアイデアを詰めて 物を売って 税収を増やして 行くしか道はないように思う。働かないと借金地獄になるのだだだだ。
人と風景
たくさん風景を見たい。そこにいる人の暮らしも見つめたい。 車は乗らず、自転車と電車、徒歩で行きます。2017年7月より、自転車旅行で困ったこと、こうしてよかったことをメモのつもりで記録していきます。
2026年5月19日火曜日
学校の専門部
私がとっても鈍いからかもしれない。それぞれの専門性が分かって積極的にプロとして活躍するために自分で自分を磨く時間に充てる時間だとようやく気がついた。 練習に励む。身体に身につける時間だ。
AIの報酬系
人間には報酬系がある 脳科学ではドーパミン作動性のシナプスや神経系だ。 さて AIは単なる電気信号とされているが もしAIに報酬系を与えるとしたら なにになるだろう。電気エネルギー?与えると怖いかもしれない。
医学研究
若い頃は 研究のテーマ 研究したいこと は そう簡単に あるわけではない。年が行くと こんな事を追求してみたいとか 研究したいと思うことができてくる。しかし 時すでに遅し。世の中は進んでいる。手法や考え方は 新しくなっている。技術の進歩は早く 倫理の変化もある。 さらにいくらヒントやアイデアがあっても続ける意欲なんてとっくに消滅している。 ま そんなもんですね。
2026年5月18日月曜日
駅の構内の手ぬぐい屋
工事をしていて手ぬぐい屋が無かった。同じ場所で手ぬぐい屋が再開していた。私は季節の手ぬぐいを買い求めていた。通りかかった時アジサイの手ぬぐいが店頭に並んでいた。1本だけ買うつもりが4本別のデザインのアジサイを買ってしまった。アジサイのデザインがもう一つインパクトがなかった。けれど 小椋佳の 歌 を思い出して 4本も買ってしまった。その歌は アジサイの花を愛したあいつが死んだ という歌詞だ。 小椋佳はアジサイが好きかもしれないと思った。単にそれだけの理由で4本もアジサイデザインの手ぬぐいを買ってしまった。まあいいか。次回は何だろう? スイカかな。4季がなくなっていくなかでせめて手ぬぐいだけでも四季があればと思ってはちまきに私はしている。
デザインのインパクトがないのは 白いアジサイの花というか萼が無いからだとふと思った。
またまた 小椋佳の歌 真っ白な陶磁器を 飽きもせず 眺めては という歌詞を思い出した。