2025年8月7日木曜日

日本のフォークソングの衰退について

西岡たかしは独自の時代を読み取りながら曲を作り詩を描く才能を持っていた。ある程度でその源泉は枯れてしまうので 保養期間が必要だった。それ以外の人 吉田拓郎などは かなりに才能を持っており 世の中で感じていたいた事を表現していたが 次第に巧妙さ故に 表現が先走っていった。風刺やプロテストやどうしようもない叫びなどは 捨てていった。 ほかの歌謡曲でも多くはそのような歌であり 境目がなくなっていったのだ 。 それぞれの才能を求める人が増え ジャンルはこだわらなくなっていったのだと思う。 商業べースはそれをたくさん利用した。 そのうち 受ける美しい歌だけが残っていったのだ。 そういう時代が長く続いたのかもしれない。 現代も 各人が表現する手段も自前ででき 広く受けるより 一部で受ける方が良いとされてきたのだ。

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