2025年8月24日日曜日

新しい病院を作ることになった原動力

 かれは 孤独がイヤではある。現代の医者がせっかく勉強してきたのに その努力や才能とは裏腹に不幸な医者稼業を行なっている。それが見えた。

そこで人を集め親しくなって お金を集め病院を作った。

楽しく働けて 患者も満足して 患者が最高の医療と思うことができる 医療を行おうとした。 医療を経済活動と考えてしまうと 医者の精神的破綻 国家予算の破綻が来ると考えた。もちろん患者も不幸になると考えていた。

と提案して実際に病院やコミュニティーを作ってはいるが、 彼は離婚しているし、 その考えが良いか悪いかは 本人と患者の感想ばかりかもしれない。

パッチアダムスは孤独になることや 友情ができたり消えたりすることを 何度も書いてはいるが

私自身自身は 孤独になることや 友情が消えることは あらかじめ予測ができそれを回避してきたように思う。

また彼は幸せになるために 努力が必要であると言っているが、 私は幸せは得るものではなく感じるものだと思っている。かなり異なる。

いろんな研究や研究から導き出した数値をもとにして読者を納得せしめようとしているが 彼の病院からはその数値が出てきそうにはない。彼の証言は過去の研究に依存している。 研究は一つ一つ一人一人の正直な積み重ねなのだ。

夢を形にしていく作業は楽しくもあるが 自分自身だけでなく多くの人が関わるものなので 大きな失敗はできない。わずかな失敗は修正することができるかもしれないが医療なので 小さな失敗であっても患者本人にとってとても大きなことである可能性だってあるのだ。私はそこまで楽観的にはなれないし部下や他人を信用していないと思う。

愛や宗教 つまり 思考を停止してその先は考えず ただ信じてしまうということには 私は簡単にはついて行けない。

考えても考えてもわからないもののひとつに死後の世界がある。死んだあとを見てきて生きている人に話した人は誰一人としていないのだ。

以上の観点から私は彼の考えに基づいた新しい病院を作ろうとは思っていない。医療の行き詰りに対する解答の一つであるとは考えている。

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