2026年9月28日月曜日

ふと思った。overaction

 豊臣兄弟を見ていた 役者のoveractionが気になってきた。歌舞伎の見栄のようなoveractionと対象的な能面の静的姿。いずれにおいても優れている役者は 観客に作者の意図をうまく伝えている。私は ボサノバのアストラットジルベルトの歌声を聴いて大変驚いた。静かに歌っている。オペラ歌手のように大声でoveractionもしない。それからずっとoveractionしないことがよいことだと思い続けてきた。ボサノバが好きだった。ジャズブルースやロックの大げさな振る舞いと音出しは嫌いだったかもしれない。けれど最近は 自分の感覚が老化したのか分からないが overactionが伝わりやすいと思うようになってきた。自分の老化のせいなのか 社会全体の風潮。特に退屈な世の中に対して 変化を求める風潮に変わってきたためなのか分からない。

overactionが好きではない理由のひとつ。子供の頃白黒テレビの時代 よく芸能の時間で歌舞伎などをやっていた退屈だった。お祭りでは男たちが大声で何かを叫んでいた。母は好きでないように思ったし僕も好きではなかった。そんなことも関係しているのではないかと思った。

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