2026年9月3日木曜日

高齢化

 私と同じ年齢昭和28年生まれの オカマちゃんがいた。若い頃は チヤホヤされたんだろうと思った。けど年が行って化粧のノリが悪くなって チヤホヤされなくなって 彼これからどう生きていくんだろうと思った。 彼はご近所の商店街の人と接近し始めた。ご近所の人も彼の存在を認めているように見えた。そこで私の仕事は終わったがあとどうなった知らない。医者は主訴を持ってきてくれないと何にもしない人種だ。 今から思うに彼が生きていくには 自分の存在を認めてくれる人が必要だと思った。 近くにダウン症の子がいる。ダウン症は小児の頃は素直でかわいい存在だ。母親もよく病気をするので かなりの愛情を注ぎ込む。 20歳を過ぎると小児科ではなくなる。母親も高齢になっていく。自分がいなくなった後のことを考えるようになる。少しずつダウン症の子を 離さざるを得なくなるのだ。 母親や父親はなやむが ダウン症も悩み始める。 なぜ悩むか。両親は ダウン症の児を認めてくれる人がいなくなるのではと悩むのだ。ダウン症の本人も自分の存在を認めてほしいと悩み始める。 自分の存在を認めてくれる人 というのがキーワードだ。  今 居場所づくり とか 福祉施設とか 変化のキザシが見られる。 これもやはり本人が自分の存在を認める人が欲しいのだ。多くの人は自分の存在を認めてくれる人を見つけやすい。一方ダウン症の人やLGBTQの人は自分の存在を認めてくれる人を見つけにくいのだ。そこを理解すべきだと私は思っています。

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