七生の1回目反省会の時思ったことを話します表にしてわかりやすく話せばよいのですかとりあえず文章です。
1クライアントに何かあったとき 事故にあったりしたときです。
2その時誰が責任を取るのかということを質問したのです。
かつて医者であった私は毎日毎秒そんなことを考えながら診療してきました。障害による後遺症 死亡時などの状況 更にお金のこと 家族や自分の生活費のことなどです。医師会費のほとんどは責任賠償保険の保険料なのです。
3説明と同意ということも一つ一つの医療行為について毎回行ってきました。患者と医師の間に疑義が生じないためです。
4なぜかと言うと日本の医療制度がそうなっているからです。 あらゆる診療行為が医師の指示でしかじっこうされないからです。
5何かあって頭を下げるだけかよと外から見るとそういうしくみがあるからです。
6さてそういう仕組み法律があるから 私は責任ということを直ぐ考えてしまうのです。
7 だから何かあったときの責任の取り方について質問したのです。
9それに対して指導者は4人いますが僕がなにを言っているのかすぐにはわからなかったようです。
10 1人が答えました。自分たちはあくまで音楽療法を行なっていてその範囲に置いて責任は取らなくてよい。それ以外の事故などについては施設の職員に任せたよいとのことでした。
11 おおむねほかの指導者もそうでした。
12 ここから先は自分としても考えがまとまっていません
13 音楽療法のクライアントに与える効果 影響は大きなものです。時には薬物や手術異常に良い影響を与えることも その反対もあります。 それに対する報酬も責任も未知で簡単に評価できないのです。
14 日本の医師の報酬は社会保険制度によって責任の取り方も具体的に決められています。
15 そこが治療を行う医師と介護予防などを行う音楽療法士の決定的な違いです。 責任の取り方もが具体的に存在し実行している医師が中心の医学会は 音楽療法士を国家資格として
認めない最大の理由だと 私は思っています。
16 池田先生を見てください。 自分のピアノ演奏とホテルに対す責任について常に考えています。被災地で演奏するときもつねに責任を感じておらせます。そこがほかのミュージシャンと違うとおもいませんか。そこに何かヒントがあるかもしれないと私は思っています。
長くなりましたが今日はこれ以上のことはわかりません。
ある福祉施設で思ったこと
私は元 医師であり 福祉施設の管理者になりうる立場にあった。 もちろん ここの開設者は東京都であり最終的な 責任は 東京都にある。一方管理者は入居者に不具合があった場合テレビなどでみられる頭を下げる人間だ。不具合に対して 開設者である東京都が管理者である医師に損害賠償を求めることもある。
一方管理者と 音楽療法を行う国立音楽療法指導者では 意味が 全く異なる。
管理者は厳選した介護福祉士などを雇い入居者の身体管理 生活管理を行い、不具合、死亡事故、損傷が生じないようにしている。 管理者は 音楽療法セラピストに対して 入居者の気分の向上を望んでいるが あくまで 身体管理 生活管理の範囲内でことである。 管理者が理学療法士に望んでいることを見ると理解できる。入居者に身体能力の向上を望んでいるが あくまで身体管理 生活管理の範囲内のことなのである。 つまり 不具合があっては困るのである。管理者はあくまで管理したいのである。 音楽療法セラピストは 入居者 この場合はクライアントであるが クライアントの何らかの特に気分の向上を望んでいるのである。管理しているのではないということだ。
ビデオとったりメモをとったり ボランティア保険に入ったり 個人情報の保護に気を使ったり それらは 管理する立場と向上を望んでいる立場では 異なるということだ。
レポートを書く段階になってやっと理解できた
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