前に収入を得るために医者になり患者さんのために働こうと思ったのは開業してからだといった。そのことで思い出したことがある。 子供の頃僕の布団の中で別々の猫だったと思うが2度お産をした。朝起きていると布団がビシャビシャに濡れていた。少し赤かった。1度目は何が起こっているのかわからなかったが2度目はお産だとすぐに分かったように思う。また猫は子供を守るためにすみかを時々変える。子供をくわえて運んでいくのである。 その時猫は猫語で僕に話しかける いいところないやろかと。ここはどうかと僕は提案する。おかげで僕の部屋は猫の蚤だらけになって フマキラーの粉末を巻いたのを覚えている。なぜそんなことを思い出したかというと猫は僕に助けを求める。それは僕が行ってきた診療スタイルと似ているとおもった。患者さんが主訴をもって僕のところにやってくる。それを自分ながらに分析してその主訴を取り除く。そんなことを毎日やっていたのだと思った。猫と患者さんを同等に思うのは変かという人もあるが僕の思っているのはそんなことなのだ。北海道のヒグマだって同じだ。人間に訴えているのだ。 もうこれ以上自分の縄張りに入って来ないでほしいと。その訴えを聞かないことには ヒグマと人間の共存なんてありえないと僕は思う。
音楽療法やムーブメントもクライアントのためと称して行うスタイルを取っているが 僕はいまだにクライアントの気持ちをほんとに理解しているのかよくはわからない。勝手な思い込みなのではないのかといまだに思っている。まだ修行が足りないのかもしれないが そこが納得行ったら音楽療法士の資格をとっても良いかと思うがまだまだ先だ。