2026年8月6日木曜日

広島原爆投下の日

 今までそんなに思ってなかったです。原爆投下によって現れた悲惨な景色が 焼きついていることが想像されます。見た本人が伝えるのがその本人の記憶の内容が伝わるのだと思う。 高齢 さらに死亡。意味をグッチャラ考えている時間はない。 映像を作って伝えて行くのも一つの手だが 生きている人間が語るのも 伝わり安いのかもしれない。ドキュメンタリー映画もよいかもしれない。 演技であるので 伝わる内容が変わる異なるでしょう。 見聞きする方もいろいろだ。  まったくなくなったり 一つだけの映像しかなかったりするのは いけない。多様性があっていいのだ。

とてもつらい景色。だんだんその映像を想像できるようになってきた。

記憶の中は多様性がある。 

科学的に証明されたことは多様性はない。誰が言っても人しか答えがない。


今は被団協が有名だが子供の頃は大きくは2つの団体があって別々に行進していたように思う。 原水禁  原水協  だから運動はなんとなく暗く政治色が強かったそこで 見た目の怖さがあったがそれをいうことによって 政治運動に巻き込まれ利用される恐れがあった。だから別の売れる 別のかたちでさらに核兵器廃絶をうったえる事をためられている時間稼ぎ だったと考えられなくもない。

政治色をなくす。あの目に焼き付いた光景を再現することによって原子爆弾をなくすと訴える方が 受け入れやすいと多くの人が思うようになった。政治色や理屈を言い出すのは 受け容れられないのだ

それからもう一つかつての 平和宣言などで 原爆投下によって戦争が集結したという事が言われた時期があった。原爆投下がアメリカ合衆国 国民の総意だと言われた時期があった。  かつて支配していた考えは 一部日本政府が戦争に突き進み国民を総動員させた 事が余程いや だったから原爆投下が正当化されたのである。 原爆が嫌だという事を素直にいえないくらいだったと思う。

現在は原爆投下を正当化する考えはだいぶ減ってきた。けど再び国民総動員の考え方を推し進める人や政党が増えてきている。それは認識しておくべきだ。


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