空海 774-835 61
称徳天皇
孝謙天皇 718-770 52
弓削の道鏡 700-772 72
桓武天皇 739-806 67
平安遷都 794
たくさん風景を見たい。そこにいる人の暮らしも見つめたい。 車は乗らず、自転車と電車、徒歩で行きます。2017年7月より、自転車旅行で困ったこと、こうしてよかったことをメモのつもりで記録していきます。
現在は比較的新型コロナウイルス感染症の広がりは落ち着いていて 流行ってはいません。
さて あの流行していた時期にはさまざまな情報が飛び交い、惑わされたものです。 特に
国や厚労省が提供する情報に対するアンチ情報です。ウイルスに対する情報 ワクチンに対する情報 治療薬に対する情報です。
現在 それらは感染症の広がりの減少とともにいつの間にやら なくなっていきました。ウイルスを使った戦争をおこすための陰謀だと言う人まで現れました。 何だったのでしょう。それらのアンチ情報を流した人たちは売名行為だったのでしょうか。わかりません。 いっぽう国や厚労省が提供する情報が少なすぎるとか不正確であるとの批判もありました。 その事によってアンチ情報が たくさん出たということも 反省すべきことではないでしょうか。
財布を無くしてでてきたがその時の気持ち。
外出するためカバンに財布を入れようとしたとき電話がかかってきた。
外出から帰ってきたとき財布が無いことに気づいた。財布を外に落としたのではないかと心配したが 外を見てもなかった。家の中を1時間以上探して ふと高いところの上に財布があることに気づいた。 ホッとした。
カバンの中に財布を入れて外出したと思い込んでいた。実際は電話がかかってきたとき 財布を入れず 高いところに置いたことを 忘れていたのだった。 財布をカバンの中に入れるという一連の動作が 突然中断すると入れてしまったと 間違えて 思ってしまった のが財布を落としたと思ったことにつながったのだった。
この一連の動作の中断によって 一連の動作があたかも完成したかと 思い込んでしまう 曖昧さはとても危険だ。覚えておこう。 一連の動作が中断した時の記憶の曖昧さ。 お忘れなく。
高齢者の自動車運転
一見うまいように見えて 実際はどうか。慣れ親しんだ運転動作は難なくこなすが それが何らかのことで中断すると すぐには判断できず間違った動作をしてしまう。さらに いつも行っていた動作が完成してしまったと思い込んでしまう。 とてもきけんな事だ。
娼婦という言葉は 好きではない。
医者をしていたころ たくさんの高齢女性を診ていた。 その中で独特のある雰囲気を持つ女性が数人いた。人によっては周囲の人からはさげすまれた扱いを受ける人もいた。 そして周囲の人は 彼女が 客を取っていた。パンパンだった。娼婦だった。などという。
独特の雰囲気は未だに言葉にできない。
ある時 さげすまれていた女性の一人から 往診の依頼があった。東大路に面した細長い家いっぱい飲み屋だった。の2階の屋根裏部屋に行った。寝床があった。仰向けで見ると手の届く天井に古いブロマイドが貼ってあった。 ちょんの間。だとスグに理解できた。
別のある家に往診に行くと 家の造りが旅館だった。娼婦の館という雰囲気があった。そこの高齢婦人もある雰囲気を持っていた。他の人からは差別されるより尊敬の目で見られていた。
もうそれらの家は無くなっている。跡形もない。平成のはじめまで確かに残っていた。令和になると 全くなくなっている。
春秋社 アジア文芸ライブラリー シリーズ第一作
チベット ラサ。 必殺シリーズでよく出てくるパターン。 純情可憐な女性が金欲性欲旺盛な男性に陵辱されるパターン。 チベット仏教しか日本に伝わってこないが ラサの街ではこのような事が日常に行われているのかもしれない。