というニュースがあった。大卒ホワイトカラーが行なっていたソフトウエア関連の仕事がAIに置き換わられるようになった一方で高卒ブルーカラーの熟練工が行なっていたことはAIに置き換わっていないからだと 言っています。一方 日本に目を向けます。日本は熟練工の仕事は中小企業においてもかなりの部分がすでにロボット化しているので アメリカ合衆国に起きたことは起きないと思います。日本では トップ極少数の頭を下げる役目の人 いわゆる中間の人 それから安い労働で働く人の3層構造になっているようにみえます。 中間の人は 安い労働の方へ流れていかざるを得なくなっています。 私の偏見を伴った意見です。
たくさん風景を見たい。そこにいる人の暮らしも見つめたい。 車は乗らず、自転車と電車、徒歩で行きます。2017年7月より、自転車旅行で困ったこと、こうしてよかったことをメモのつもりで記録していきます。
2026年2月5日木曜日
2026年2月4日水曜日
角倉了以1554ー1614の運んだもの
京都二条日銀の裏の高瀬川のところに船が浮かんでいて酒樽が並べられている。角倉家は伏見の酒を京都市内や祇園に運んだことで財を成したとされている。また森鴎外の高瀬舟で罪人を京都から南へ運んでいったことでも有名だ。
ここからは私の想像です。京都の伏見あたりにはたくさんアブラナ菜種 が採れるようになった。それを京都市内へ酒と同じように運んだ。さらに大阪の先進的な思想や本を京都市内に運んだのではないだろうか。与謝蕪村は大阪の毛馬閘門あたりの出身。菜の花や月は東に日は西には有名な俳句だ。京都四条下がった佛光寺あたりに住んでいた。伊藤若冲は四条上がった錦小路に住んでいた。円山応挙だって名前が円山だ。富永仲基は大阪の人で知識人。 菜種油で祇園が明るくなった。それまでは和ろうそくで 男女の中を照らしていたが 明るくなりすぎて芸をしなければ時間が持たなくなった。芸事が祇園では発達した。 私は退職してから ほとんど毎日のように賀茂川鴨川高瀬川天神川桂川の土手を自転車に乗っていた。距離は遠いが三川合流部まであっという間だった。信号一つない。自動車で行くと大変な時間がかかる。たぶん舟もあっという間だったろうと想像した。 と言う私の想像でした。
2026年2月3日火曜日
生きている間になにかしたいという気持ち
死んだら何もないということがわかっているからだと思います。
病気になって 死期が迫っている方が 仕事を辞めないで働き続ける姿は美しいと 世間では言われますが 全ての職業に あるいは全ての人に対して 当てはまるわけではありません。感動を与えるとされている音楽家や俳優は新しい境地を開かれてより多くの感動を与えることができるとよく称賛されます。そのような方はごく一部です。多くは 家族とお金のことを考えたり過ごしてきた会社のことを考えて違う行動を取り始めたり 医者は みてきた患者をどうするかを考えたりします。社会的な死亡の後に生物学的な死亡が訪れるのです。死亡するということは生きてきた人間にとって大きな変化ですが 誰でも訪れることであります。そして絶対に逆戻りしないことです。死んだあとのことは誰も教えてくれないのです。そして 生きている方は 死ぬまで生きていることについて考えたら良いのです。分からないことは考えても無駄なことなのです。自分が死んだあとの家族がどうなるかはは考えることはできますが生きている間だけです。お忘れなく。
トランプ政権の目に余る暴力的行為
不法移民の取り締まりで2人の方がアメリカ合衆国警察によって死亡した。 かなり多くのアメリカ人 が トランプ政権に 反発するデモを行っているようだ。ミラノコルチナオリンピックでもアメリカ合衆国政府が派遣したICE氏がイタリアにとどまることを望まない人々がデモを起こしているようだ。 日本ではトランプ政権のアメリカファーストや暴力や脅しを用いた手法に反発するデモは起こっていないようだ。 日本ではかつての交通ゼネスト以来かもしれないが目立ったデモ活動はない様にみられる。SNSなどへの書き込みはあるが 少数意見のように見られている。 さて 私たちはどうするべきか 考えてみよう。
2026年2月2日月曜日
月曜日早朝燃やすゴミ出し完了
ホットします。ゴミが出せて。けどやっぱり2重生活は相当疲れる。お金もかかる。移動前の準備 戻って来た時の物忘れに気付くことも多い。これ持って行ったはずなのにこんなところに置いて忘れていった。鍵はかけただろうか。電気は消しただろうか。宅配便はちゃんと指定の場所に配達してあるだろうか。それらをまた探していたり心配したりする自分がいる。結構6年間で知り合いもできた。人の愚痴も聞く。挨拶もする。お土産も買う。いまも帰るとコンセントが指してあった。あ~あだ。いろいろ 心穏やかででないことが 生じる。単なる移動 交通のことだけではないということが 分かってきた。急に移動したときに資料あっちに置いてあるなんてことはよくあることだ。
2026年2月1日日曜日
字を読まない若者
先日ある食堂でタッチパネルでメニューを出して注文する機械が置いてあった。若者2人が何度やっても望みのメニュウが出てこなかった。分からないときはこのボタンをタッチしてくださいと書いてあった。私はそうするようにと若者に告げた。店員が直ぐに応答しにやってきた。問題は数秒で解決した。
今日は ある宅配の品の配達。宅配ボックスにその使い方が大きな字で書いてある。配達人である若者はそれを読まず 玄関の空地に宅配物を置いて去っていった。ピンポンも鳴らさず、ボックスの字も読まずただ置いていっただけだった。まあ そんなもんですね。若者は 読まず 聞かず ですね。 そこからは いつまでたっても同じですね。まあ そんなもんですね。 SNSの画面もそうかもしれないとふと思った。映像だけで いいねするか 飛ばすか。まあそんなもんのように思えた。
亡き王女のためのパヴァーヌ
この曲はとても美しく私は色んな演奏をダウンロードしている 。どんな意味があるのだろうとgoogleで調べてみた。 モーリスラベル自身が言ったらしいが 亡くなった王女のための葬送の哀歌ではなく 昔スペインの宮廷で小さな王女が踊ったようなパヴァーヌだとしている。 小さなの王女と言えば ベラスケスの小さな王女を思い出す。さらにヨーロッパ系の子供の美しさは東洋系にはない美しさだ。ラファエロの絵でも描かれている。実際私は診察していたころにヨーロッパ系の子供の診察をしたことがあった。訴えは日本の保育士が肥満ということで連れてこられたが 私には肥満とは思えなかった。まさにラファエロの絵のような天使か子供のように見えた。 くだらないことだと言う人がいるかもしれない。 いろんな変な事件や人種差別などの 根本的な原因の一つがあるようにも思えた。
再び南 喜一郎氏のFB投稿のコピーです。 その通りと思います。いずれ合わさると思います。
山本太郎、参政党神谷、高市支持者の共通点
いつかは統合されていくように見えてしまいますね