2021年12月8日水曜日

このたびは幣もとりあえず手向山  私の妄想。

 1208日の歌姫街道から東大寺 手向山神社までの写真を掲載した。菅原道真の 歌 百人一首にでてくる 有名な歌 の 意味をあらため 妄想してみた。



このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに 菅原道真

現代意訳

 今度の旅は急いで発ちましたので、捧げるぬさを用意することも出来ませんでした。しかし、この手向山の美しい紅葉をぬさとして捧げますので、どうかお心のままにお受け取りください。

https://hyakunin.stardust31.com/1-25/24.html というホームページからの引用です。

歴史の時間などで 平安時代 勢力をましてきた藤原氏が優秀な菅原氏の菅原道真を失脚させた。太宰府に追いやった。菅原道真の怨霊が京の都を 災害疫病で混乱させた。 

東大寺の坊さんは春日大社は嫌いです。と 東大寺の最近の坊さんがテレビで言っていたような。

並べた写真でわかるように 手向山神社は 東大寺から二月堂をとおって春日大社に行く中間にあります。 この歌は手向山の紅葉に感動して幣をもって神様のところへ持っていくことができなかったと歌っています。  ここからが私の妄想です。 日本正統派東大寺から仏教を信仰する天皇家、天皇家とは別のところ鹿島神宮からやってきて春日大社に住み着いた藤原家。 京の都で 仲良くやっていたが だんだん勢力を伸ばしてきた藤原家。それを 嫌だと思った菅原道真が 手向山の紅葉に感動して藤原春日大社に 幣という貢物を 持っていくのを忘れてしまった。 そんなように 妄想しました。 つまり天皇家をないがしろにする藤原家に対するイヤミの歌。    一方百人一首にこの歌があるというのもどういうわけなのか。菅原道真といえば飛梅ですが、何故か紅葉です。 藤原家の態度に反対する勢力が百人一首の編者にいたのかもしれません。


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